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奨学金貸付制度について考える

奨学金貸付制度の背景
あすの監査法人 公認会計士 山岡 輝之

【奨学金貸付制度の背景】

医療機関では、看護師又は助産師等の確保を目的として、奨学金貸付制度を設けて、学生に対して奨学金の無利息貸付けや返済義務免除を実施している場合があります。いわゆるお礼奉公です。
奨学金貸付制度は公的・民間を問わず、現在ではあらゆる医療機関で採用されている制度であると思います。
最近では、コロナの影響を受け、特に病棟看護師の離職が大きな課題となっており、病床受入態勢の復活、維持を図り、コロナ前の病床機能を取り戻していきたい医療機関にとっては、看護師の確保に頭を悩ませているのではないでしょうか。
今回は、奨学金貸付制度について、ガバナンスの観点から少し考えてみたいと思います。

【学生への奨学金の貸付手続】

奨学金貸付を希望する学生に対し、貸付を実施するまでの手続について、監査等でその具体的な流れを確認している限り、大半の医療機関では下記のような最低限のステップは対応できているのではないかでしょうか。
  • 規程の整備
  • 学生の入学前の成績表の入手
  • 学生本人との面談
  •  契約書類の取り交わし(契約書の入手、連帯保証人引受承諾書の入手等)

【貸付開始後から卒業までの手続】

監査にて貸付手続を実施する際に、最も気になるのが貸付期間中のモニタリングの実施状況です。ここで意味するモニタリングとは、「学生が医療従事者として就職するための活動を継続的に実施しているか定期的にチェックしているか」ということになります。

奨学金の貸付開始の段階では書類や面談でしっかりとチェックしている一方、貸付開始後は毎月決められた貸付額をただ振り込んでいるだけになっていないでしょうか。
  •  奨学金を貸し付けている学生とは連絡が取れる状況にあるか
  •  学校に在籍し、修学中であるか
  •  国家資格を取るために必要な勉強を継続しているか(学内の成績は問題なくクリアしているか)

最近の事例では、そもそも医療機関の中でこうしたモニタリングをすべき部署・担当者があいまいなため、卒業まで学生と何らコンタクトを取ることなく、結果、国家資格が受けられない、卒業が出来ないといった状況を卒業間近に知り、人事採用にまで影響してしまったことがあります。貸し付けるだけが目的ではなく、卒業段階で求める資格を取得し、自院の戦力になってもらうまでが奨学金貸付制度の目的であることを管理部署・担当者にはしっかりと理解してもらうことが必要です。

【学生が就職した後の手続】

学生が無事卒業、資格を取得し自院に就職する場合には、奨学金免除方針に従い、会計処理を進めていくことになります。奨学金免除方針については、就職後、貸付期間相当の勤務をした場合に限り全額免除とする、あるいは勤務期間に応じて月割り等で免除するといった規程を目にします。少なくとも、決算期末の段階では貸付金のうち、免除相当分については福利厚生費等で費用処理する必要があります。

【 学生が他院あるいは他業種に就職した場合、就職したが全額免除終了前に退職した場合】

いずれの場合においても、奨学金として貸し付けた金額の一部あるいは全額の返還を学生に対して求めなければなりません。学生の留年・退学の可能性も念頭に入れておく必要があります。

この場合における奨学金の回収方法について、規程で明記していることが通常ですが、一括での返済が困難な場合における分納の設定、返済が遅延した場合の対応も内部手続のルールとして定めておく必要があります。実際に奨学金の返済が滞り、結果として医療機関の損失となってしまうケースもあります。あくまでも「貸付」であるため、免除の要件を満たさない場合には貸付金の回収を徹底する必要があります。

最近では、例えば、薬学部を卒業し薬剤師として自院に就職した場合、学生が借りていた公的奨学金の返還債務を代理返還する支援制度を設ける医療機関も増えつつあります。この方法であれば、必要な資格を取得し、自院に就職する方だけを対象とする制度となるため、人材確保の観点からは確実性が高まります。
代理返還支援制度を活用し、奨学制度をより効果的なものにすることも、ガバナンスの観点からは有効かもしれません。


【2023. 11. 1 Vol.579 医業情報ダイジェスト】