診療報酬

診療報酬改定率決定のジレンマ

本体+0.88%、薬価等▲1.0%で差引▲0.12%は絶妙の改定率
株式会社MMオフィス 代表取締役 工藤 高

■ 本体+0.88%、薬価等▲1.0%で差引▲0.12%は絶妙の改定率

政府は昨年12月20日、2024年度診療報酬改定率について、医療行為の対価に当たる本体部分を0.88%引き上げることを決定した。一方、薬価を▲0.97%、医療材料価格を▲0.02%のマイナスとして、差し引きでは▲0.12%となった。この数字は診療報酬アップを要望した日本医師会、マイナス改定を主張した財務省の両方の顔を立てたような絶妙の数字になったのではないだろうか。本体+0.88%は前回改定を0.45ポイントほど上回り、2014年改定からの自民党政権下では最も高い改定率になった。ちなみに民主党政権下の2010年は本体+.55%、2012年は同+1.379%と高いプラス改定であった。

2024年の本体改定率+0.88%のうち、医療関係職種の処遇改善のために特例対応で+0.61%、入院時の食費基準額の引き上げに+0.06%としている。さらにマイナス分として「生活習慣病を中心とした管理料、処方箋料等の再編等による効率化・適正化」で▲0.25%とした。これらを除いた改定分は+0.46%になる。
各科の改定率は医科+0.52%、歯科+0.57%、調剤+0.16%であり、この中に「40歳未満の勤務医師・勤務歯科医師・薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所等で従事する者の賃上げに資する措置分」の+0.28%が含まれている。これは医療関係職種の処遇改善+0.61%とは別扱いである。この+0.61%で「看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種」に対し、24年度にベア+2.5%、25年度にベア+2.0%の賃上げを実施するとした。具体的にどのような方法で配分するかは、これからの中医協の議論へ委ねられている。

また、医療制度改革の一環として、長期収載品には選定療養の仕組みが導入されることになった。「後発医薬品の上市後5年以上経過、または後発医薬品の置換率が50%以上の長期収載品を対象に、後発医薬品の最高価格帯との差の4分の3までを保険給付の対象」として24年10月から施行するものである。

■今回のプラス財源は病院にとっては鵜飼の鵜状態

診療報酬改定率とは現年度の政府予算の積算上の医療費に対して、翌年度はどれくらいかの目安(名目の値)を示す指標になる。政府の翌年度の予算案決定と改定率決定時期が12月中旬から下旬に重複するのは、翌年度の保険料率や医療費に連動する税金額を確定させるために名目医療費が必要になるためである。誤解が多いが「改定率=診療報酬の増減率」ではなく、実際は「寄与率」となる。「ある変数の変動に対し、各要因がどれだけ影響しているか」を表したものが寄与度で、それを変動全体に対する百分率で表したものが寄与率となる。

今回の診療報酬本体+0. 88%といっても、それはマクロの国民医療費における予算のプラスであり、どの医療機関もそれだけの診療本体増収になるわけではない。今回はとくに人件費(固定費)に充当される部分が多いため、プラス財源は病院にとっては「鵜飼の鵜」のように吐き出して、職員へ配分されることになるため収入は増加するが、利益が増加するわけではない。

■ 2006年改定は行動経済学「囚人のジレンマ」における最悪の状態になった

診療報酬の歴史上において過去最大のマイナス改定は小泉内閣時に断行された2006年度の差し引き▲3.16%であった。このマイナスは人や組織が常に合理的な行動をとらないことの行動経済学における「ゲーム理論」で証明できる。代表的なものには、古典的な行動経済学となった感があるが「囚人のジレンマ」がある。これは複数の人間がお互いに協力をすればよくなるはずなのに、相手を出し抜くために結果がはるかに悪くなる状況である。小泉内閣時の過去最大「サンテンイチロク」(▲3.16%)は囚人のジレンマにおけるお互いに「自白」という最悪の状態になった。
当時の日医会長は2002年改定で診療報酬の本体引き下げを受け入れた前執行部を批判し、「反小泉内閣」の方針で会長に就任した。そのため当時の与党自民党との距離は大きく開いた。それまでの改定は日医のプラス要求に対して、落としどころを決めた「暗黙の了解」による駆け引きがあったと考えられる。
これは決してアンフェアではなく、良好な労使関係にある会社の労使交渉でも日常的なことである。労働組合のベースアップ要求が2%とする。実際には会社との落とし所は1%あたりになることで、組合も会社側もお互いの顔が立つわけだ。しかし、2006年改定における「日医要求の診療報酬+3%アップ」では落としどころはなかった。その結果、▲3.16%と要求に対してはマイナス6.16ポイントという信じられない結果になった。民主党政権時代における2回の本体改定率が高かったのは同党の支持母体は「連合」であり、そちらへの配慮が相当あったわけだ。よく、組織で行われる「根回し」もお互いに「黙秘」状態になるし、「忖度」も行動経済学の見地からは説明できよう。もともと日本社会は根回しの世界である。単なる対立はパレスチナ問題でも分かるように決して良い結果にはならない。


【2024. 2. 1 Vol.585 医業情報ダイジェスト】