財務・税務

今さら聞けない! 保険薬局における棚卸しの重要性

薬剤師×税理士の薬局経営教室
アシタエ税理士法人 税理士・薬剤師 市川 秀
決算が近づくと、多くの薬局経営者を悩ませるのが 「棚卸し」 です。特に在宅調剤を中心とした薬局や、取引施設が多い場合には、在庫が膨らみやすく、棚卸し作業が重労働になりがちです。実際、私の顧問先でも、年度末になるとスタッフ全員で深夜まで棚卸し作業に追われている薬局があります。
一昔前と比べると、今では棚卸し作業もアプリやクラウドサービスの導入によってだいぶ効率化されてきました。しかし、それでもなお 「面倒な作業」 であることに変わりはありません。そして、面倒だからといって年に一度、決算前だけの棚卸しで済ませているような運用は、実は会計上非常にリスクを伴うのです。
その理由は、在庫の金額が 「利益」 に大きく影響するためです。下記の式をご覧ください。

期首棚卸高 + 当期仕入高 − 期末棚卸高 = 売上原価
この式に従い、期末の棚卸高を抑えることで売上原価が増え、帳簿上の利益は圧縮されます。結果、納税額が下がるという仕組みです。このロジックを活用して、決算前に在庫を抑えようとする薬局経営者は少なくありません。しかし、この方法には落とし穴があります。期末の在庫を減らして利益を抑えても、それはあくまで一時的な対策です。翌期以降に同様の対策を取らなければ、利益が大きく跳ね上がってしまい、結果として税負担が増えてしまう可能性もあるのです。継続的に在庫を抑える経営は、業務効率や患者対応の面で不都合をきたす恐れもあり、無理な在庫調整はかえって経営を圧迫しかねません。
また、在庫を不自然に増減させて意図的に利益操作を行うことは、粉飾決算や脱税に該当する可能性があり、税務調査の対象になるばかりか、社会的信用を失うリスクもあります。
では、棚卸しをどう経営に活かしていくべきでしょうか?

経営判断に活かす 「在庫データ」

棚卸しの最大の価値は、リアルタイムに近い在庫状況の把握によって、正確な経営判断ができる点にあります。例えば、在庫を適正に管理していれば、発注ミスや在庫過多を防ぐことができ、資金繰りにも余裕が生まれます。さらに、よく出る商品とそうでない商品が明確になるため、仕入れの精度も高まり、無駄な仕入れコストを抑えることができます。
特に保険薬局の場合、季節によって処方される薬剤の傾向が異なることもあるため、過去の在庫推移や消化速度をデータとして活用することで、発注や保管の戦略が立てやすくなります。これは、数字を見ながら経営するうえで極めて重要な視点です。
在庫データは、経営者の判断材料となるだけでなく、金融機関への説明にも活用できます。計画的な在庫管理ができている薬局は、資金繰りの見通しも立てやすいため、融資審査の場面でも評価されやすい傾向があります。棚卸しを 「帳簿合わせ」 の作業にとどめず、経営全体の信頼性向上に役立てていきましょう。

医薬品の使用期限と在庫回転率

医薬品には使用期限があるため、在庫を持ちすぎることで廃棄ロスが発生します。このロスはそのまま経営にとってのコストであり、利益や資金繰りを圧迫します。そのため、在庫回転率(=一定期間の売上原価÷平均在庫額)を把握し、目安となる水準を意識することも必要です。
例えば、在庫回転率が低ければ、 「在庫を持ちすぎている可能性」 があり、逆に高すぎる場合は 「機会損失(欠品リスク)」 があるかもしれません。棚卸しを通じて定期的にこの回転率を確認することは、無駄のない在庫管理と経営効率の向上に直結します。
また、使用期限が近づいている医薬品を把握し、早めに使用するよう従業員に周知したり、処方の傾向に応じて仕入れ内容を見直したりすることで、廃棄のリスクを軽減することができます。

棚卸しを「経営改善の起点」にする

棚卸しは単なる作業ではなく、経営改善の起点と捉えるべきです。例えば、月次や四半期ごとの棚卸し結果を会議で共有することで、従業員のコスト意識や在庫への意識が高まり、組織全体の経営マインドを醸成することにもつながります。
実際に私の顧問先でも、定期的に棚卸しを行い、その結果を経営会議で分析・共有することで、在庫削減や発注の見直しが進み、経営改善に成功したケースがあります。
さらに、アプリやAIを活用したシステムなどを導入すれば、棚卸し作業の効率化だけでなく、在庫状況の可視化や将来的な発注予測も可能になります。これにより、数字をもとにした戦略的な意思決定が可能になり、薬局経営の安定化に大きく貢献します。

おわりに

結論として、棚卸しは単なる 「税金対策」 ではなく、薬局経営における 「収益管理の要」 です。忙しい業務の合間でも、定期的に在庫をチェックし、実態を把握する仕組みづくりを進めていきましょう。健全な会計は、健全な薬局経営の礎となります。適切な棚卸しの実践こそ、今後の成長と安定を支える第一歩です。
日々の積み重ねが、やがて大きな成果につながります。未来の自分を助けるためにも、「今」の棚卸しにしっかりと向き合っていきましょう。


【2025.5月号 Vol.1 Pharmacy-Management】