財務・税務

新規開業で最も軽視される 「採用と研修」 という投資

薬剤師 × 税理士の薬局経営教室
市川秀税理士事務所 税理士・薬剤師 市川 秀

—人材難の時代に求められる “資金繰りの再設計” —

近年、調剤薬局経営者の皆様から 「新規開店をし たい」 「銀行融資について相談したい」 というお声をいただく機会が増えています。新規開業は夢が広がる一方で、非常に多くの意思決定と準備が必要となります。その中でも特にご相談が多いのが、採用のタイミングと研修にかかるコストが資金繰りに与える影響についてです。
設備投資や内装工事、薬の初期仕入れなど、大きなお金が動くポイントは分かりやすいのですが、新規開業の資金計画で最も抜け落ちやすいのは、実は “人件費の先行発生” です。開業準備の段階ではつい設備や仕入れに目が向きますが、最も重くのしかかるのは採用と研修にかかる人件費であることを、改めて強調しておきたいと思います。

■新規開業は 「稼働前からお金が出ていく」 という現実

M&Aであれば、買った瞬間から店舗は動いており、代表者自身が現場に入りながらスタッフを整えることができます。しかし、新規開業はゼロからのスタートです。オープン前から薬剤師・調剤事務を採用し、一定期間の研修を行わなければ、開業初日から適切なサービスを提供することはできません。
研修内容も多岐にわたります。
  • レセコン操作
  • 薬歴入力のルール
  • 自社独自の調剤フロー
  • 在庫管理の方法
  • 地域連携のスタンス
いずれも 「その薬局らしさ」 を形成する重要な部分であり、この教育期間こそ最も手間とお金がかかります。つまり、売上がゼロの期間に人件費だけが先に出ていく構造なのです。
研修期間を2~3ヶ月と仮定すると、薬剤師・事務を合わせて150~200万円規模の支出が発生します。スタッフ数が増えれば費用はさらに膨らみます。この “見えないコスト” を資金計画に入れていなかったために、開業直前で 「資金ショートしそうだ」 と慌てるケースが本当に多いのです。

■採用計画は重要だが、“計画どおりに人は動かない”

採用計画を立てること自体は必要ですが、現実には計画通りに進まないことがほとんどです。薬局業界は慢性的な人材難に直面しており、都市部でも応募が少なく、地方では半年~1年かかる例も珍しくありません。
さらに採用は非常に流動的です。
  • 内定者が辞退する
  • 研修中に別の職場へ移ってしまう
  • 思いがけず良い人材が突然応募してくる
  • 既存店舗の退職者が出て計画が崩れる
このように、採用は計画通りに進む前提では考えられません。採用とは、「計画」 ではなく “変動リスクの管理” そのものだと捉えるべきです。

■採用の遅れは “研修の遅れ” となり、開業後に響く

採用が遅れれば当然研修も遅れます。そして研修が遅れれば、開業初日に十分な戦力が揃っていない状態になります。
これにより、
  • 代表者が現場に張り付いてしまう
  • 薬歴残業が常態化する
  • 在庫管理が乱れ資金繰りが悪化する
  • クレーム対応が増え、経営判断の時間が奪われる
こうした “開業初期の詰まり” が多発します。
また処方箋枚数が集まり始めるまでには一定の時間が必要です。この期間に運営が乱れると売上の立ち上がりが遅れ、資金繰りへの負担がさらに大きくなります。採用と研修は、単に人を揃える目的ではなく、売上をスムーズに立ち上げるための投資なのです。

■採用が不透明だからこそ “余裕を見た資金計画” が必須

採用の流動性を踏まえると、資金繰りには必ず余裕枠を持つ必要があります。
  • 採用が1ヶ月遅れる
  • 追加採用が必要になる
  • 予想外に早く決まり人件費が前倒しで発生
こうした変化は頻繁に起こり得ます。
銀行融資の相談においても、
  • 採用の遅延リスク
  • 研修期間の人件費
  • 予備運転資金の確保
を説明できる経営者は信用度が高くなります。銀行は 「採用の不安定さ=運転資金リスク」 と判断します。採用と研修を織り込んだ計画を示すことは、“リスクを見える化できる経営者” として大きな信頼につながります。

■新規開業の成功は、採用・研修の設計で決まっている

冒頭でも述べたように、開業では内装や仕入れなど目に見える部分に意識が向きがちですが、本質はそこではありません。成功の8割は採用と研修の設計で決まります。薬局経営は 「人」 で回ります。だからこそ、資金計画の中心にも人件費の先行発生を据える必要があるのです。

■最後に:採用は投資。“お金を切らさない設計” が開業成功の鍵

採用はコストではなく投資です。しかしその投資を回収するには、採用の遅れ・流動性・研修負担・定着リスクなどを織り込んだ資金計画が不可欠です。新規開業は看板が上がる前から勝負が始まっています。採用の不確実性を想定した資金繰りを準備できれば、開業初期の混乱を抑え、安定運営への道が大きく開けます。
薬局の新規開業を検討されている方は、ぜひ 「採用計画」 と 「資金計画」 をセットで考えることをお勧めします。これこそが、成功する薬局づくりの第一歩です。


【2026年1月号 Vol.9 Pharmacy-Management 】