病院・診療所

「勝手な残業」に悩む院長へ ―黙示の指示を生まない残業ルールのつくり方―

クリニック相談コーナー
合同会社MASパートナーズ 代表社員 原 聡彦

【相談内容】

近畿地方の開業5年目の眼科クリニック院長からのご相談です。
「当院では、業務効率化を進め、スタッフの残業時間をなるべく減らす取り組みを行っています。しかし、一部のスタッフがクリニックの許可なく、必要のない残業をしているようです。個人の判断で行った残業についてまで残業代を支払うのは納得できません。このような “勝手な残業” には、残業代を支払わなくてよい方法はありますか?」
医療現場ではよくあるお悩みですが、対応を誤ると労働基準監督署の是正や支払命令につながるため、慎重な判断が必要です。

【回 答】

黙示の指示と判断されれば残業代の支給義務が生じるため、明確なルールと運用が不可欠です。
まず結論から申し上げると、スタッフが個人的判断で行った残業であっても、クリニック側が “黙示的に指示した” と判断されれば労働時間となり、残業代の支払いが必要になります。そのため、「勝手な残業だから払わない」 は通用しません。
では、どう対策すべきか。以下、3つのポイントに整理して回答します。

ポイント1:労働時間の定義を正しく理解する
労働時間とは、単に 「実際に働いた時間」 だけでなく、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」 と行政解釈で定義されています。
つまり、
  • スタッフが残っているのにクリニックが注意しなかった
  • いつも同じスタッフが残業している(クリニックが黙認したとみなされる)
  • 残業の理由を確認していない
といった状況があると、クリニック側に “黙示の指示” があったと判断される可能性があります。
さらに、よく見受けられるのが、「労働時間=診療時間のみ」 と記載した雇用契約書。しかし実態としては、診療準備、機器の片付け、院内清掃なども労働時間に該当します。
契約と実態がズレるとトラブルの原因になるため、実態に合う労働時間設定への見直しが欠かせません。

ポイント2:残業は 「申請・許可制」 にし、許可のない残業を認めない仕組みをつくる
不要な残業を防ぐ最も確実な方法が、残業の事前申請・事前許可制の導入です。
具体的には、
  • スタッフが残業する場合は 「事前に申請」
  • 院長または事務長が 「許可する場合のみ残業可」
  • 許可がない残業は原則認めない
という仕組みです。
これにより、
●許可=指揮命令
●不許可=指揮命令ではない(=残業時間に該当しない)
と明確に線引きができるようになります。
このルールづけによって、“黙示の指示” と主張さ れるリスクを大幅に軽減できます。
さらに、制度を形骸化させないためには以下が不可欠です。
  • 院内掲示により周知する
  • ミーティングで説明する
  • 「時間外・休日勤務届」 など申請書式の整備(図)
  • 許可を受けていない残業は必ず声掛けして帰ってもらう運用にする



ポイント3:労働時間管理の本質は「効率化とコミュニケーション」
労働時間管理は、単にタイムカードを押さえるだけではありません。本来の目的は、限られた時間でいかに生産性を上げ、残業に依存しない働き方をつくるか。
残業削減を進めると、 「スタッフの収入が減る→不満が生じる→その結果、勝手残業が生まれる」 という悪循環が発生しがちです。
そのためクリニックには、
  • 残業削減の理由を丁寧に説明する
  • 院長の理念やクリニックの方針をスタッフと共有する
  • 効率化に貢献したスタッフに別の形で報いるといった “心のケア” も求められます。
たとえば、次のようなクリニックに合った制度を導入することで、スタッフの協力が得やすくなり、無駄な残業も自然と減少します。
  • 残業削減分を賞与として還元する
  • 効率化に貢献したスタッフを退職金ポイントで評価する
  • 早く帰れる職場を 「働きやすさ」 として採用に活かす

【まとめ】

“勝手な残業” をゼロにするには、ルールと運用の両輪が不可欠です。今回のご相談で大切なのは以下の3点です。
  1. 労働時間の定義を正しく理解する
  2. 残業を 「申請・許可制」 とし、許可なき残業は認めない運用を徹底する
  3. 効率化とコミュニケーションで残業そのものを減らす文化を育てる
これらを整えることで、「勝手な残業」 問題は確実に改善できます。残業ルールはクリニックを守る “経営のインフラ” です。この機会に、自院の労働時間の仕組みを改めて見直して頂くことをお勧めいたします。


【2025年12月15日号 Vol.16 メディカル・マネジメント】