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組織で何を共有する? インシデントレポートのその後

組織での情報共有のあり方
株式会社メディフローラ 代表取締役 上村 久子
複数の職員が関わる職場では、日々変化する業務に組織的に対応するため、色々な情報を共有されていると思います。あらゆる情報が入り乱れると 「何が必要で、何が不要なのか」 と混乱してしまうこともあるため、ある程度組織の中で共有する情報を精査している医療機関も多いと思います。今回はそんな様々ある業務上の情報の中で共有すべきものについて認識を改めたリーダーのお話を紹介いたします。

ケース:

医療安全の観点から、インシデントレポートの運用を決めたクリニックのお話です。このクリニックでは重大事故が起こらないよう、インシデント事象が起こった際には当日か翌日のミーティングで職員に伝達することにしていました。しかし、クリニックの規模が大きくなり、確実に正しい情報が院内全体に周知されるようにインシデントレポートを運用することになりました。
インシデントレポートはお昼の決まった時間内に書くルールにしました。院長先生はなるべく多くのレポートが提出されるように、忙しい業務の合間に気が付いた人が好きな時間に書くというルールではなく、書くかどうかはスタッフ次第だが決められた時間にレポートを書くことにしたのです。レポートの運用が始まった当初は、毎日出勤したスタッフがそれぞれ1枚ずつ提出するといった具合に、順調にレポートは溜まっていきました。しかし、2週間、3週間と過ぎていくと 「ネタ切れ(院長先生の表現)」 になったのかと思うほどにレポートの提出枚数が少なくなってきたのでした。

院長先生 「せっかく始めたインシデントレポートですが、少しずつレポートが少なくなってしまいました。スタッフに重要性が伝わっていないのでしょうか……。研修をお願いできませんか?」
そこで、インシデントレポートの運用開始から1か月後、筆者が講師となり全体研修が開かれました。
収集された全てのインシデントレポートが一覧になった表を食い入るように見るスタッフの皆さんからは、レポートの重要性について理解がないようには全く見えません。

筆者 「皆さま、いかがですか?どのような感想を持ちましたか?」

スタッフAさん 「こんなに集まっていたのですね。レポートの運用は始まりましたが、どんな内容が出ているのか知りませんでした。色々な視点でレポートが書かれていて勉強になります」

この言葉に院長先生は驚きを隠せない様子。集まったインシデントレポートから、
  • インシデントレポートとしてこういう書き方をした方が良いのではないか
  • そう言えば〇〇という事象があったがレポートとして提出していなかった
  • これは個人的なことだから院内全体に周知するレポートとして相応しくないのではないか
といった様々な意見交換や振り返りが行われたのでした。

院長先生 「全体研修では気付きがたくさんありました。実はインシデントレポートの運用を開始したといっても、提出されたレポートはスタッフの休憩室の定位置に自由に閲覧できるように置いておいただけで、具体的な周知や対策が必要そうなものについては院長である私が選んでミーティングで伝えていました。要するに、今までと情報共有の方法は何ら変えていなかったのです。院長である私がそのような態度であれば、スタッフとしては 『せっかく書いたけど活用されていないではないか』 と考えて当然ですね。レポートに対するモチベーションを下げていたのは誰でもない私でした。そもそも医療安全は院内全体で意識すべきものであり、院長だけの判断で情報共有しても意味が無いですよね。頭では分かっていたつもりでも、行動が伴っていなかったことに大いに反省しています」

その後、インシデントレポートの共有方法について見直しが行われ、カンファレンスで定期的に院長先生とスタッフが持ち回りでインシデントの振り返りを行うことに決めたのでした。

このケース、どのような感想を持ちましたか?院長先生から見える景色、スタッフから見える景色はそれぞれ異なり、それぞれが気を付けなければならないと考えるポイントは異なるはずです。もちろん、スタッフからの指摘でリーダーが気付くこともあるはず。このように、様々な立場から互いに声を掛け合った方が医療安全にとって意味があると頭では理解できていても、いざ現場に立つと 「(立場上や責任感から)リーダーという立場ならば全体が見えているもの」 という思いが無意識に出てしまうことは少なくないようです。

皆さまの組織でもインシデントレポートのように院内全体で周知する物事は様々発生すると思いますが、どのように周知されていますか?このケースのように、周知する目的や意味を考えて情報共有のあり方を見直されてはいかがでしょうか。皆さまの組織にとってより目的に沿った情報共有を行うための一助になれば幸いです。


【2024. 10. 15 Vol.602 医業情報ダイジェスト】