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病院等の医療機関には職種別賃金表を推奨します

人件費増の傾向と採用面での問題点
株式会社To Doビズ 代表取締役 篠塚 功
病院をはじめとした医療機関の賃金制度の見直しを進めるなかで、時に、筆者が推奨する「職種別賃金表」に対して反対される労働組合があります。また、長年、基本給の賃金表は1本で、職種別に調整手当を支給して対処している病院等でも反対されることがあり、そのような場合、現状で、採用や人件費の面で問題がないのであれば、見直さないこともあります。しかし、近い将来、この2点のどちらかで問題が起きないか危惧するところではあります。そこで今回は、病院の職種間の基本給の違いを確認しつつ、職種別賃金表の重要性について考えます。

医療経営情報研究所が行う 「基本賃金」 調査

筆者が所属する医療経営情報研究所が、1991年から毎年行っている 「病院賃金実態調査」 は、厚労省や人事院の調査とは異なり、基本賃金を調査しています。厳密には、資格手当や調整手当等も基本賃金に含めて回答するようにはなっていますが、役付手当や住宅手当、特殊勤務手当など毎月決まって支給する手当は、別の諸手当として回答いただいていますから、おおむね基本給に近い金額と言えます。
参考までに、2023年8月調査 『2024年版病院賃金実態資料』 (経営書院)のデータから、看護師と看護補助者の基本賃金の金額を抽出して、その格差を確認してみました(表参照)。表を見ると分かるとおり、職種間の賃金格差は一定ではなく、経験年数によって変わります。一般的には、経験年数が長くなるにつれて、格差は大きくなります。看護師と看護補助者の賃金格差は、初任給である経験年数0年では58,595円ですが、経験35年では139,950円と拡大しています。基本賃金だけでも、職種によって、これだけ水準が違うわけですから、企業のように1つの賃金表で対応するには無理があるわけです。

労働組合からは、同じ職員なのだから基本給くらいは同じ金額にして、あとは看護師調整手当など職種ごとに手当を上乗せして対応できないかという要求が出されることがありますが、その手当は、経験年数が長くなるにつれて、金額を上げていかなければ、労働市場の中で、看護師の経験者の賃金水準が競争力のないものになります。表で見れば、経験5年までは7万円、5年から10年は8万円といったように、調整手当の金額を変えるか、あるいは、基本給の何%と決めるのであれば、パーセントを経験年数によって多少上げなければ、採用力のある賃金水準に届かないでしょう。

表: 看護師と看護補助者の基本賃金の格差(単位:円)


人件費増の傾向と採用面での問題点

労働組合が言うように、同じ職員なのだから基本給は同じにしておいて、労働市場で形成された賃金水準との差は調整手当で補填すればよいという意見に対し、先述のように事務的にできないことはないわけですが、このような対応をしている病院等の人件費を見ると、人件費率が高い傾向にあります。その理由は明確ではありませんが、おそらく、賃金水準の低い職種に合わせて基本給を設計する際に、若干高めの設定になりがちだからだと推測します。例えば、看護補助者の賃金水準を、職種共通の基本給として考えようとした際に、表で言えば16万円という水準にするのではなく、ある程度見栄えのよい金額に引き上げる傾向があるのではないかということです。したがって、労働市場の中で賃金水準の低い職種の賃金が高めになることで人件費が膨張しているのではないかと推察します。今後、看護補助者の配置を増やし、看護師の業務を看護補助者にシフトすることができれば、看護師の人数を減らすことができるわけですから、そのような人材戦略の下で、看護補助者の賃金水準が高めになることは問題ないわけですが、何の戦略もなく、他の病院よりも看護補助者の賃金を高くしても人件費が増えるだけです。

賃金の公正さは、内部的に公正かという内部公正性と外部的に公正かという外部公正性が重要です。したがって、基本的には、労働市場の中で職種別に形成されている賃金水準に合わせて水準を決める必要があるわけですが、そのためには、職種別賃金表にしたほうが適切な水準にしやすいというメリットがあると考え、この形を推奨しています。

また、求人において、看護師の新卒基本給を16万円、看護師調整手当6万円という求人内容では、採用面で大きな問題があると言わざるをえません。22万円程度の基本給を想定している看護師から見れば、基本給で候補から外れるものと推察します。賃金表を職種共通の1本で運用している病院等では、採用や人件費の面で問題が起こっていないか、1度検証してみるとよいでしょう。


【2024.8. 1 Vol.597 医業情報ダイジェスト】