病院・診療所

協会けんぽは過去最大の黒字に対して病院は大赤字

診療報酬ズームアップ
株式会社MMオフィス 代表取締役 工藤 高

■骨太方針2025で経済・物価動向等を踏まえた対応とされたのは画期的

中医協では26年改定に向けた議論が始まっている。改定に向けた最大の課題は、約30年間にわたって続いてきたデフレ経済が終わり、インフレ経済に転じて起こった人件費高騰、物価高による病院経営危機への対応である。経済変化のスピードに、2年に1回の診療報酬改定が追いついていない。 「骨太方針2025」 では社会保障費増加について、これまでは 「高齢化相当の伸びだけを認めてきた」 が、今回は 「経済・ 物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分を加算する」 との文言が追加されたのは朗報である。これは病院団体が政府に対して強く働きかけてきたことのアウトカム(成果)である。
ただし、社会保障改革をめぐる自民・公明両党と日本維新の会の協議では、全国で11万床の病床を減らし医療費を1兆円程度削減、とされた。さらに日本維新の会はOTC類似薬の保険給付見直しで4兆円の医療削減を主張している。もちろん、これらの主張が全てそのとおりになることはありえないし、参議院選挙後の政局も不透明である。
最大の焦点は本年12月下旬に決まる診療報酬改定率になる。前回24年度改定は23年12月20日に厚労大臣と財務大臣が大臣折衝を行って、内閣が本体+0.88%、薬価・材料等は▲1.00%、差し引き▲0.12% とすることを決定した。改定率決定にあたって最大のキーマンは、各省庁の予算を削るスタンスのため 「官庁の中の官庁」 や 「最強の官庁」 などと呼ばれる財務省である。これまで財務省は 「コロナ補助金で医療機関の純資産は増加したので、それで対応すべき」 というスタンスであった。それは無理な話であり、前述のように 「骨太の方針」 で 「経済・物価動向等を踏まえた対応」 とされた。

■合成の誤謬とはミクロでは正しくてもマクロでは違うこと

病院は診療報酬改定によるマクロの国民医療費増がないと処遇改善につながらない。24年度改定もベースアップ評価料として診療報酬改定による補填があったが、医療関係者の人件費を保証する観点からは国民医療費が増大することは望ましい。ただし、約4割を公費(税金)、約5割を保険料、約1割を患者負担などによって成り立つ国民医療費の増大に、世論の目は財務省を筆頭に厳しい。企業の売上増大は好景気につながるため大歓迎だが、マクロの国民医療費増大は税金や保険料増加につながるために論調も厳しくなる。特に財務省と医療費の支払側である保険者はそうだ。
そうは言ってもミクロの個人レベルになれば最先端(高額)の医療提供を望み、 「その手術や薬剤、医療材料は高いので国民医療費を増大させるためにやめて下さい」 と言う財務省職員や健康保険組合職員がいないのは 「合成の誤謬(ごびゅう)」 になる。これはミクロの視点では合理的な行動であっても、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも好ましくない結果が生じてしまうことだ。

■ 「相互扶助の精神」 で財務省および支払側に大盤振る舞いを願う

日本経済新聞(25年7月4日電子版)によると、従業員が少なく自分のところで健康保険組合を持てない中小企業が主に加入する 「協会けんぽ」 (全国健康保険協会)が 「24年度6586億円の黒字」 となった。政府直営の政府管掌保険から08年に協会けんぽが発足して以来、過去最高の黒字である。15年連続の黒字であり、日経新聞によると 「企業の賃上げやパート主婦らの増加に連動して、保険料収入が伸びた」 のが理由とのこと。
零細企業の弊社も協会けんぽに加入しており、健康保険料は事業主と被保険者(従業員)が折半になる。筆者は事業主であるため、協会けんぽ神奈川支部 9.92%料率の全額を払っている。協会けんぽは都道府県支部ごとに保険料率が違っている。それは医療費(支出)が異なるからであり、市町村国保と同様である。25年度で料率が高いのは佐賀10.78%、徳島 10.47%、長崎10.41%となっている。一方、低いのは沖縄9.44%、新潟9.55%、岩手と福島が9.62%と最大と最小で1.34%の差だ。
景気の良さとコロナ公費支援終了が協会けんぽにおける過去最高黒字理由である。たしかに賃金(標 準報酬月額)がアップすれば保険料率に連動して保険料収入もアップしていく。資本主義経済の原則だ。 一方、そのブーメランが2年に1回の診療報酬改定の国による計画経済(社会主義経済)の診療報酬であり、それが現在の病院経営危機の理由だ。中医協においても支払側(保険者側)は、ぜひ26年度診療報酬改定は社会保障の理念であるお互いに助け合うという 「相互扶助の精神」 で支払側に大盤振る舞いしてほしい。
日本の就労人口の7.4人に1人が 「医療・福祉」 分野に従事している中で、病院経営は人件費が50~ 60%を占めており、その原資が診療報酬である。2024年の出生数が過去最少の68万6061人と政府予想よりも15年も早く68万人台に到達してしまった。今後、人口がどんどん減っていく中で一般企業よりも 給与ベースが低い医療・介護従事者の給与を診療報酬で担保しない限り、医療界を目指す若者も少なくなってしまう。国民のインフラとしての医療を守るためにも、26年改定は病院への大幅プラス改定が必要であるのは間違いない。


【2025年8月1日号 Vol.7 メディカル・マネジメント】