財務・税務

社長と社員の立場の違いが生む危機感のズレ

薬剤師×税理士の薬局経営教室
市川秀税理士事務所 税理士・薬剤師 市川 秀
今回は、調剤薬局専門税理士として、私が日々の顧問業務で頻繁に耳にする課題の一つ、 「社長と社員の立場の違いが生む危機感のズレ」 について、薬局経営者の皆さまにお話ししたいと思います。
経営者からの相談は多岐にわたりますが、突き詰めると 「お金の流れが不透明」 「社員との危機感のズレ」 「ビジョンが見えない」 の3つに集約されます。これらは互いに絡み合い、経営を停滞させる要因となります。特に 「危機感のズレ」 は、組織の一体感を損ねかねない重要な課題です。

「見えている景色」 が違う

経営者は、売上や粗利、固定費、人件費、資金繰りといった全体の構造を把握しながら、日々の意思決定をしています。一方で、社員はというと、担当業務に集中しており、企業全体の構造や将来への見通しを知る機会は多くありません。
薬剤師や事務スタッフは、日々の業務に追われるなかで 「この薬局がどうやって利益を出しているのか」 について考える時間もなければ、そもそも知る術もないのが現実です。点数表や加算を通じて、自身の仕事の価値を部分的に知ることはできますが、それが薬局全体の経営にどう影響しているかまで意識が及んでいるスタッフは、ごく一部ではないでしょうか。

昔は通用した 「何となくの経営」

かつては、薬価差益が潤沢に得られた時代がありました。薬剤師が在籍し、患者が来局すれば、自ずと利益が上がり、経営も安定していた……そんな時代です。
しかし現在は違います。薬局のビジネスモデルは 「モノを売る商売」 から 「人が提供するサービスを評価されるモデル」 へと変化しつつあります。地域連携薬局や専門医療機関連携薬局の認定、かかりつけ薬剤師、在宅訪問、トレーシングレポート、服薬フォローアップなど、求められる業務は年々高度化・多様化しています。
そうしたなかで、 「自分たちがどれだけの収益に貢献しているのか」 「どれだけコストを発生させているのか」 を社員が意識できていない状況は、非常に危険です。経営者だけが危機感を持っていても、組織全体が危機回避に動けなければ、持続可能な薬局経営は困難になるでしょう。

社員にPL(損益)意識を持ってもらうには

では、社員に経営感覚を持ってもらうにはどうすればよいのでしょうか。以下、私が顧問先に提案している具体策を4点ご紹介します。
① 経営情報をオープンにする
毎月、あるいは四半期に一度でも構いません。売上推移や主要経費、純利益の動きなどを全体会議で共有し、 「経営が今どうなっているのか」 を社員に見せる場を設けましょう。難解な財務指標を並べる必要はなく、グラフや図を使って視覚的に伝えるだけ でも、意識は大きく変わります。

② 自分の業務が収益にどう繋がるかを数値で伝える
例えば、 「在宅訪問1件でこれだけの利益が出ている」 といった形で、自身の業務が会社にどう貢献しているかをフィードバックすることが有効です。

③ チームや店舗ごとのPL目標を設定する
チームや店舗単位で売上やコストに基づいた目標を設定し、定期的に振り返る機会を設けます。評価やインセンティブ制度と連動させることで、社員の主体性を引き出すことも可能です。

④ 経営者自身がPL意識を発信し続ける
いくら仕組みを作っても、トップの行動が伴わなければ社員の意識は変わりません。日々の発言や判断の中で 「それは経費として重いから今回は控えよう」 「その加算を意識してくれると助かる」 など、収支に基づいた言動を続けていくことが、最も強いメッセージになります。

医療とお金を結びつけることへのためらい

薬局業界には、 「医療にお金の話を持ち込むのは不純だ」 という感覚が未だ根強くあります。実際、私自身も薬剤師として現場に立っていた頃は、そうした思いを抱いていた時期もありました。
しかし、今の薬局が提供する加算や評価は、国が医療政策として方向性を示している 「ガイド」 であり、それに沿って地域医療に貢献した結果として報酬が支払われるものです。薬剤師として、薬局として、公衆衛生を守る使命を果たすためには、国の意図を正しく読み取り、それに応じた取り組みを行うべきです。
加算を取ることは、決して 「お金目当て」 の行動ではありません。それは 「必要なサービスを、必要な地域に、適切に届けている証」 とも言えるのです。

ズレを埋めるのは 「対話の積み重ね」

社員にPL意識を持たせたい。危機感を共有したい。そう考える経営者は多いですが、いきなりすべてを変えることは難しいものです。
まずは、定期的な対話の場をつくることから始めてみてはいかがでしょうか。経営者の考えを伝え、社員の声に耳を傾ける。小さなことでも構いません。日々のコミュニケーションの積み重ねが、やがて組織全体の危機感と当事者意識を育んでいくのだと、 私は信じています。
調剤薬局がこれからも地域で選ばれ、求められる存在であり続けるために。数字と向き合いながら、人に寄り添う医療を続けていきましょう。


【2025年9月号 Vol.5 Pharmacy-Management 】