財務・税務

金融機関からの融資交渉術と事前準備ポイント

薬剤師×税理士の薬局経営教室
アシタエ税理士法人 税理士・薬剤師 市川 秀
今回は 「銀行融資のポイント」 についてお話ししたいと思います。
弊社では日々、薬局経営者の皆様から融資に関するご相談をいただいておりますが、特に資金需要が大きくなるのは事業承継やM&Aによる店舗取得のタイミングです。
その際、多くの薬局様が 「銀行はどこを見て融資の可否を判断しているのか?」 と気にされます。
今回は、実例を交えながら、銀行が重視するポイントと、薬局経営者が準備すべき事前対策についてお伝えします。

融資が進まない典型例

ある日、私の事務所に 「銀行融資を受けたいが、今の税理士が薬局の知識を持っておらず話が進まない」 というご相談が飛び込んできました。
詳しくお話を伺うと、譲渡側が希望する譲渡日までに融資が実行されない可能性があり、譲渡そのものが流れてしまうリスクを抱えていました。
案件を確認すると、大手チェーンが採算の取れない店舗を切り離すM&A案件でしたが、税理士が作成すべき事業計画書の段階でストップしており、理由は 「大手側の決算書が入手できないから計画が立てられない」 というものでした。
税理士として 「誠実な資金計画を立てるには決算書が必要」 という考えは一理あります。しかし、薬局業界に精通していれば、技術料の相場、家賃相場、薬剤師・事務スタッフの人件費、近隣医療機関の処方箋枚数予想などから、十分におおよその収益・支出予測は立てられるはずです。
業界知識がないことで、結果的に計画書が作れず、譲渡・融資が頓挫しかけていたのです。

銀行は薬局業界のプロではない

税理士に頼れなければ、経営者が自ら銀行に説明しようとされる方もいらっしゃいます。しかし、このときも 「話が噛み合わずうまくいかない」 という声をよくお聞きします。
実際、この案件でも社長ご自身が技術料や許認可、M&Aの事情を説明しようと試みましたが、銀行側から詳細な裏付け資料や追加説明を求められ、話が進みませんでした。
それもそのはず、銀行担当者の多くは業界を横断的に担当しており、薬局専門の融資担当者ではありません。仮に医療・薬局担当であっても、M&Aに関わる融資案件となると扱う機会は限られ、詳細を理解している人は決して多くないのが実情です。

銀行が融資審査で評価する 「数字」 とは

では、銀行は何を基準に融資の可否を判断しているのでしょうか。結論として、次の3点が軸になります。
(1)客観的な数字と裏付け資料
(2)資金計画の現実性
(3)代表者の信用と覚悟
具体的に評価されやすい資料例を挙げると、以下の通りです。
  • 譲渡契約書案・基本合意書(LOI):譲渡条件の明確化
  • 過去の処方箋枚数推移表:月間平均処方箋枚数や調剤報酬の推計
  • 隣接クリニックの診療科・営業日情報:処方箋枚数の安定性を補足
  • 家賃契約予定条件:固定費の裏付け
  • 人件費予定表:薬剤師・事務スタッフの配置計画
  • 資金繰り表:6カ月~12カ月分のキャッシュフロー予測
  • 簡易PL(利益計画):月次の収益予想と設備投資計画
銀行が見ているのは、誇張や希望的観測ではなく、客観的な数字の積み上げによる現実的な予測です。
そして、経営者が自ら作成した計画書は 「都合の良い数字を書いているのではないか」 と懸念されがちです。
だからこそ、税理士が職責と社会的信用のもとで作成・確認した計画書は、銀行にとっても信頼性の高い資料として扱われるのです。

税理士が介在する価値

先ほどの案件でも、私が薬局業界の実情と相場を踏まえた事業計画書・資金繰り計画書・意見書を急ぎで作成し、銀行に提出しました。
結果として融資の進行は大幅にスムーズになり、譲渡予定日に間に合わせる形で融資実行が完了し、無事に薬局の承継が成立しました。

「事業計画書作成」 の押さえどころ

では、具体的にどのようなポイントを意識して計画書を作成すべきでしょうか。
1.数字に客観性を持たせる
既存の薬局データや近隣医療機関データ、業界平均値など、第三者が納得できるデータを盛り込むこと。
2.資金繰りを重視する
損益計算書だけでなく、月次のキャッシュフロー計画を明示し、融資がなければどのタイミングで資金が不足するかまで示す。
3.「もしも」のリスクを盛り込む
処方箋枚数が下振れした場合、家賃が想定より高くなった場合など、リスクシナリオとその対応策を示しておく。
4.開業・承継後の運営イメージを伝える
承継後半年間の動き(人材採用、処方箋の取り込み、周辺クリニックとの連携、販促計画など)を具体的に記載する。

これらを踏まえた計画書は、銀行側から見ても 「融資後の返済可能性が高い薬局経営者だ」 と評価されやすくなります。

まとめ

薬局経営者にとって、融資は 「薬局を守り、次の成長に繋げるための大切な手段」 です。しかし、業界特有の事情を踏まえないまま進めると、思わぬところで融資が止まり、大切な承継や店舗展開の機会を逃してしまうリスクがあります。
これから店舗展開を検討されている方も、M&Aによる承継を予定している方も、 「適切な融資戦略」 と 「銀行との信頼構築」 を整えたうえで、堅実で盤石な薬局経営を築いていきましょう。


【2025.8月号 Vol.4 Pharmacy-Management】