組織・人材育成

行き過ぎた指導? ~リーダーに求められる能力 「コーチアビリティ」 ~

組織力が高まるケーススタディ
株式会社メディフローラ 代表取締役 上村 久子
パワーハラスメント対策が事業主の義務になって数年が経ちました。セクシャルハラスメントと異なり、パワーハラスメントは基本的に 「相手のためを思って」  「事業所の成功を願って」 という強い正義感や善意から発生する事象が多いため、 「自分が行っていることはハラスメント行為である」 という当事者意識を持つことが難しく、解決に至る過程が困難なケースが多いように感じています。さらに、その当事者が役職者であることも多く、組織のトップである管理職者であるケースもゼロではない点も問題を複雑にしています。
今回は、この困難なパワーハラスメント問題を解決する方法としては些細なものかもしれませんが、1つの問題提起として、スタッフの訴えに対して真正面から向き合うことに決めた院長先生のお話から、現代のリーダーに求められる要素について考えたいと思います。

ケース

住宅街にあるクリニックのお話です。このクリニックでは長年スタッフの定着に悩んでおり、ある出来事から問題意識を高めた院長先生から筆者に問い合わせがありました。

院長先生 「うちのクリニックでは、長年スタッフが定着しないことは自覚していましたが、近隣のクリニックや知り合いの院長先生から 『うちも定着しないよ』 と聞いていたので、 『そんなものか』 とあまり問題視していませんでした。ところが、先日、開業から二人三脚で頑張ってきたと思っていたスタッフAさんが退職する意思を示してきたのです。よくよく話を聞くと 『院長先生は気が付いていないと思うが、スタッフに対する言動が非常に厳しいことがあり、最近は特に度を越えていて私にはもう限界だ。それはパワハラとしか言いようがない』 と言うのです。衝撃を覚えました」

筆者 「そうなのですね。その言葉がなぜ院長先生にとって衝撃的だったのですか?」

院長先生 「実は今までも退職者から 『指導のつもりかもしれないが、限度を超えており恐怖を感じる』 という声を聞いていましたが、Aさんと一緒に 『最近の人は弱い!これくらいの指導に耐えられるくらいじゃないと医療者としては問題だ』 と言い合っていました。そんなAさんから 『パワハラだ』 と言われてしまったのです。さすがに考え込んでしまいました……本当にそうなのでしょうか?」

筆者 「院長先生がそのような衝撃を受けたことに、私もとても衝撃を受けました。パワハラ問題は根深く複雑な問題です。まず今回当事者と思われる院長先生が 『自分がパワハラをしたかもしれない』 と受け入れるまでに時間がかかりがちですので、先生の気付きは素晴らしいと思います。なぜならパワハラと思われる当事者の多くが、正義感から、言動は正当なものであると思っているケースが多く、そもそも認識のズ が大きいものなのです」

院長先生 「そうなのですね」

筆者 「最近のリーダーシップに必要な要素として重要視されているものに 『コーチアビリティ』 というものがあります。これは2023年に開かれた世界最大規模の人材開発・組織開発関連イベント 『 ATD ( Association for Talent Development) 』  国際大会で取り上げられた概念なのですが、聞いたことはありますか?」

 院長先生 「私は聞いたことがありませんでした。何ですか?」

筆者 「コーチアビリティとはコーチを受ける能力のことを言います。 『優れたリーダーは、他人からのフィードバックに価値を置き、それを積極的に求め、内省し、行動するという学習習慣を常に持っている』 ことから登場した概念です。以前はコーチができる能力がリーダーに求められているという考えがありましたが、全く逆の考え方が登場したのです。リーダーシップで有名なゼンガー・フォークマン社が 『コーチを受ける能力は組織階層の上位に行くにしたがって低下する=権力の立場にある人が自分と自分の能力を過大評価するようになるため』 という調査結果をまとめています。リーダーにとっては非常に受け止めにくい調査結果かもしれませんが、現代においては 『耳を傾ける』 能力がリーダーに欠かせないということなのです。その点で、色々な思いがあったにせよ、自分自身への課題意識に気付きがあった院長先生は本当に素晴らしいと感じています」

院長先生 「そうなのですね……身につまされる思いで今の話を聞いていました。以前はスタッフから自分の言動について指摘された時、正直に申し上げると憤慨し、私は悪くない、と自分を正当化していました。今回のように、自分の分身のような存在に言われて初めて気が付いた自らの未熟さに反省するばかりですが、ここから自分の課題を認識し、変わっていけば良いのですね」

院長先生の表情から、心なしか最初にお会いした際にあった影が薄れたように感じました。

このケース、どのような感想を持ちましたか? 「コーチアビリティ」 という言葉を初めて耳にした方も少なくないと思いますが、言われてみれば現代のリーダーに必要な要素であると共感される方は多いと思います。
ケースでも書いた通り、コーチアビリティという 「 (たとえどんな内容だとしても)他者の言葉を素直に聴き入れる」 ことは、経験が増え地位が上がるほど難しくなるように感じます。コーチアビリティとは日本語で端的に表すと 「聴く」 能力です。皆さまもぜひご自身の 「聴く」 能力について振り返ってみてはいかがでしょうか。


【2025年7月15日号 Vol.6 メディカル・マネジメント】