病院・診療所

クリニックにおけるカスタマーハラスメント対策

クリニック相談コーナー
合同会社MASパートナーズ 代表社員 原 聡彦

【相談内容】

近畿地方で整形外科クリニックを開業して10年目の院長からのご相談です。
「ある患者さんが特定の受付スタッフに好意を持っているのか、食事の誘いやラブレターの手渡しなど、自分の気持ちを伝えてこられます。スタッフは困惑し、業務にも支障が出そうです。クリニックの管理者として、どのように対処すべきでしょうか?」

【回 答】

近年、医療機関でもカスタマーハラスメント(カスハラ)の相談が増えています。カスハラとは、顧客や利用者が立場の優位性を背景に、過剰・不適切な要求や言動を行うこと。暴言やクレームだけでなく、過剰な私的接触や好意の押し付けも、スタッフ を不安にさせれば立派なカスハラに該当します。
特にクリニックは女性スタッフが多く、患者さんとの距離も近いため、
  • 「ラブレターをもらった」
  • 「帰宅ルートを待ち伏せされた」
  • 「個人的な食事の誘いが続く」
などの相談が少なくありません。

このような行為を放置すると、セクハラやストーカー行為に発展する可能性もあります。今回は、患者さんの “好意” に見せかけたカスハラへの予防・対応のポイントをお伝えします。

1.狙われやすいスタッフの特徴と事例
接遇の基本を守り、親切・丁寧で柔らかい雰囲気を持つスタッフほど、誤解や過剰な好意を受けやすい傾向があります。
実際には、
  • ユニフォームのポケットに電話番号を書いた紙を忍ばせる
  • 「今度ご飯でも」 と書かれたメモ
  • 「愛を語る詩」 を綴り 「読んだら捨ててください」 と渡す
  • 終業時間を確認して駅の改札口にて待ち伏せをする
  • LINEやインスタなどのSNSを特定してメッセージや写真を頻繁に送ってくる
といった事例があります。
感謝の気持ちの言葉にうっすらと恋愛感情がコーティングされただけという場合もありますし、患者さんのプライドや気持ちを傷つけることも、できるだけ避けなければなりません。
多くは男性患者から女性スタッフへのケースですが、逆の場合や同性間でのケースもあり得ます。この段階で適切に対応できるかどうかが、被害の拡大を防ぐカギです。

2.院内での基本方針と報告体制づくり
まず大切なのは、 「院長や管理者が必ず守る」 というメッセージと、報告しやすい仕組みです。
  • 報告ルールの明文化: 「患者さんからの私的接触や贈り物は、好意的な内容でも必ず報告」 というルールを就業規則やマニュアルに記載します。
  • 共感と傾聴: 報告を受けた際は 「気にしすぎ」 などと否定せず、事実確認とスタッフの安心を優先します。
  • 家族や生活への影響も考慮: 自宅や通勤経路の特定につながるような行為は早期対応が必要です。
  • 守る姿勢の明言: 「スタッフを守ることはクリニックの方針」 と明確に伝え、安心感を与えます。

3.患者さんへの対応方法
対応は、院長が直接関与する場合とスタッフが毅然と対応する場合の二択に分かれます。判断基準は、次の2点です。
  • 行為の頻度や内容が業務や安全に支障を与えているか
  • スタッフの心理的負担が大きいか

院長が直接対応する場合
  • 診察室で面談し、第三者(看護師・事務)を同席させます。
  • 「診療以外の私的なお誘いや連絡は控えてほしい」 旨を、感情的にならず事実として伝えます。
スタッフが毅然と対応する場合
  • 事前にセリフを決めておくことが有効です。 例:「どんなお手紙やお言葉も院長にお渡しすることになっていますので、お預かりしますね」
  • 個人の連絡先や私的会話は避け、業務上のやり取りに限定します。

4.カスハラ防止のための院内ルール
最近は厚生労働省や労働局も、カスハラ防止策の導入を企業に促しています。クリニックでも、以下のような仕組みが有効です。
  1. カスハラ対応マニュアルを作成し、具体的な言動例と対応手順を明示
  2. 患者へのお願い文掲示: 「当院は全ての患者様とスタッフの安全と尊厳を守ります。診療に関係のない接触や贈り物はご遠慮ください。」
  3. 警察や弁護士との連携体制を整える(万一のエスカレーションに備える)
  4. スタッフ研修でロールプレイを実施し、対応スキルを身につける

5.好意と迷惑行為の線引き
患者さんの中には、純粋に感謝の気持ちを表しているだけの場合もあります。その一方で、受け手が不安や恐怖を感じれば、それは迷惑行為となります。
  • 感謝 → 「お礼の手紙」 「診療への感想」
  • 迷惑行為 → 「私的誘いの繰り返し」 「自宅やプライベートを探る行為」
“相手の感じ方” を基準に線引きすることが重要です。

まとめ

患者さんはクリニックにとって大切な存在であり、同時にスタッフもまたかけがえのない財産です。
  • 報告しやすい雰囲気づくり
  • ルールとマニュアルの整備
  • 事前に決めた対応、セリフの共有
  • 第三者の同席や外部機関との連携

これらを整えることで、好意に見せかけたカスハラも、早期に、かつ角を立てずに対応できます。院長が 「スタッフを守る」 という姿勢を明確に示すことこそが、安心して働ける職場づくりの第一歩です。


【2025年9月1日号 Vol.9 メディカル・マネジメント】