財務・税務

薬局に内部留保を残す理由とは

薬剤師 × 税理士の薬局経営教室
市川秀税理士事務所 税理士・薬剤師 市川 秀
今回は 「薬局に内部留保を残す意味」 について、改めて確認していきたいと思います。
内部留保とは、会社が稼いだ利益のうち配当や役員報酬として社外に流出させず、社内に留めておく資金を指します。単に 「会社にお金を残すこと」 ですが、その効果は大きく、特に薬局経営では銀行融資や将来の事業承継に直結します。
内部留保を厚くすることは、短期的には 「税金を払ってまで会社にお金を残すのはもったいない」 と思われがちです。しかし長期的な視点で見ると、資金繰りの安定、銀行からの信用、さらには将来的な退職金による節税効果など、経営者にとって大きな武器となります。

銀行融資における内部留保の意味

薬局経営者の中には、 「銀行は売上規模や立地だけを見て融資を判断しているのでは?」 と考える方もいます。確かに売上規模や地域性は大きな要素ですが、銀行が最も重視するのは 「返済原資」 と 「担保力」 です。
具体的には、決算書において黒字を確実に計上しているか、どれだけ内部留保を積み上げているかが問われます。銀行側からすると、せっかく融資をしても赤字体質であれば利息も取れず、貸倒リスクが高まります。逆に内部留保が厚ければ、仮に一時的な赤字や資金繰りの乱れがあっても、会社内部の資金でカバーできると判断できます。
銀行員は決算書を通じてしか会社を評価できません。役員報酬が高すぎるか、接待交際費が多すぎるかといった細かい事情までは見えません。だからこそ、内部留保の厚さは 「安心材料」 として非常に重要です。
以前、創業2期目で2店舗目の出店を計画した薬局経営者の方がいらっしゃいました。将来性は十分に評価される事業でしたが、開業初期の赤字で内部留保が積み上がっていなかったため、銀行の評価は厳しく、当初の融資希望額が大きく削られてしまいました。最終的には設備投資計画を縮小し、融資申請額を半分まで下げることとなり、経営者の方は大変苦労されました。このように、内部留保の有無は事業拡大のスピードに直結するのです。

突発的な支出への備え

薬局経営には安定的な売上がある一方で、突発的な支出リスクもあります。設備の故障、薬価改定による急激な利益減、従業員の急な退職による採用コストなど、予期せぬ出費は常に起こり得ます。
また、薬局特有のリスクとして 「調剤報酬の入金遅延」 があります。通常であれば2か月後に入金されるため 「安定した資金繰り」 と誤解されがちですが、レセプト請求にミスがあると入金が遅れ、一気に資金繰りが悪化します。実際に、給与の支払いや家賃の支払いが危ぶまれる事態に直面した薬局を、私もいくつか見てきました。
もちろん再請求すれば資金は入りますが、その間を乗り切るためには内部留保が不可欠です。従業員への給与を滞らせることは、経営者として最も避けるべき事態です。そのための 「安全網」 として内部留保を持つことは、薬局経営者の責任とも言えるでしょう。

成長投資を支える力

薬局を経営していると、必ず 「攻めの投資」 のタイミングが訪れます。新店舗の開設、在宅医療に対応するための車両購入、ITシステムの導入など、先行投資が必要な場面は多々あります。
内部留保が厚ければ、こうした投資を銀行融資に頼りきらず、自社資金で一部を賄うことができます。これにより意思決定のスピードが上がり、他の薬局よりも先に新しい取り組みを実現することができます。
特に薬局業界は競争が激しく、出店タイミングを逃すと後発組は不利になりがちです。内部留保を持っているかどうかが、成長のチャンスをつかめるかどうかを左右するのです。

将来の退職金と節税効果

内部留保は 「将来の経営者自身の退職金」 にもつながります。退職金は役員報酬と異なり、税制上の優遇が大きく、適正な範囲で支給すれば会社の損金算入が認められます。その結果、会社側も税金を抑えつつ、経営者自身は退職後の生活資金を確保できます。
つまり、内部留保を残すことは 「将来の節税対策」 にも直結するのです。短期的には税金の支払いを伴いますが、長期的には会社と経営者双方にメリットをもたらします。

おわりに

薬局に内部留保を残すことは、単なる 「お金を貯める」 ことではありません。銀行からの信用を得る、突発的な支出に備える、成長投資を可能にする、さらには退職金による節税効果につなげる――こうした多面的な意味を持っています。
経営者にとっては 「今税金を払うのはもったいない」 と感じることもあるかもしれません。しかし、未来の薬局を支え、従業員や家族を守るために、内部留保を残しておくことは不可欠です。利益を出すだけでなく、しっかりと会社に資金を残していく。その判断こそが、薬局経営者としての重要な責任であると私は考えています。


【2025年10月号 Vol.6 Pharmacy-Management 】