財務・税務

薬局の次世代経営者に必要な 「数字リテラシー」

薬剤師 × 税理士の薬局経営教室
市川秀税理士事務所 税理士・薬剤師 市川 秀
最近、事業承継をされた2代目経営者の方からご相談をいただく機会が増えています。全国の薬局経営者の方々とお話ししていると、 「70代、80代を目前にした親世代から、急にバトンを渡された」 「これまで現場一筋だったが、経営を任されて不安だ」 という声が多く聞かれます。長年一緒に働いてきた親世代が築いた薬局をどう守り、どう次につなぐのか。数字上は黒字でも、資金繰りや店舗展開の判断に迷う――そんな悩みを抱える2代目の姿に、私自身も多くの気づきを得ました。
改めて感じるのは、 「経営を引き継ぐ」 とは、単に会社の看板を受け継ぐことではなく、数字の見方そのものを変えることなのだという点です。そこで今回は、2代目経営者の方に向けて、 「1代目と同じ数字の見方では通用しない」 というテーマで、私なりの視点を共有したいと思います。

“同じ薬局” でも、見ているビジネスが違う

まず押さえておきたいのは、1代目が見てきた薬局ビジネスと、これからあなたが見る薬局ビジネスは別物だということです。数年前までは 「立地の良さ」 が売上を決める時代。クリニックの隣に店を構えるだけで、ある程度の処方箋枚数を確保できました。
しかし今は、そうした立地依存型モデルから脱却しなければ生き残れない時代に変わっています。在宅対応やかかりつけ薬剤師、オンライン服薬指導といった新たなサービス領域に対応できなければ、売上の維持さえ難しい。つまり、薬局は 「小売業」 ではなく、 「サービス業」 としての側面が強まっているのです。
この変化は、数字の読み方にも直結します。かつては処方箋枚数と粗利率を追っていれば経営状況が見えましたが、今はそれだけでは不十分です。在宅・OTC・オンラインなど複数の収益源を俯瞰して、どこに時間と人を投下すべきかを “数字” で判断する時代になっています。

損益計算書は 「過去の成績表」 にすぎない

2代目経営者の方に共通する悩みの一つが、 「決算書を見ても経営の方向性がつかめない」 という点です。実はそれもそのはずで、損益計算書(PL)はあくまで過去の結果しか示していません。利益が出ていても、資金が減っていれば会社は回りません。なぜならPLは発生主義で作られ、まだ入金されていない売上や、未払いの経費までもが数字に含まれるからです。つまり、 「黒字=安心」 とは限らないのです。
薬局経営で未来を読むなら、まず調剤報酬点数の動向に目を向ける必要があります。次の報酬改定ではどこが重点化されるのか。国が求めている方向性に、自分の薬局はどれだけ対応しているのか。これを毎月の 「点数表」 として追うことが、未来を読む “数字リテラシー” です。私の顧問先では、売上表だけでなく点数表を毎月共有してもらい、重要なKPIとして認識を合わせています。損益計算書は “結果” ですが、点数の推移は “方向” を教えてくれるのです。

経営を動かすのは利益率ではなく 「生産性」

次に注目すべきは、利益率よりも生産性です。在宅やサービス分野に進出する薬局が増える今、問われるのは 「どれだけ効率よく利益を生み出せるか」 。これまでの薬局は、処方箋に基づく “受け身の収益構造” でした。
一方、在宅やOTC販売を伸ばすには、自ら動き、売上を作りにいく営業力と仕組みが欠かせません。つまり、売上高や利益率だけでなく、
  • 1人あたり売上
  • 1時間あたり粗利
  • 在宅比率やかかりつけ加算取得率
などの生産性指標を見なければ、経営判断を誤ります。これらの数字を追うことは単なる分析ではなく、 「薬局がどの方向に努力すべきか」 を示す羅針盤になります。

経営を支えるのはキャッシュフロー

どんなに利益が出ていても、現金がなければ会社は続きません。経営を動かすのは、最終的には 「キャッシュの流れ」 です。
薬局では、
  • 仕入支払のタイムラグ
  • 賞与・社会保険料の集中支出
  • 新店舗開設や設備更新の時期
など、キャッシュフロー上の季節変動が大きく、黒字倒産リスクが潜んでいます。
複数店舗を運営している場合は、月次のキャッシュフローを可視化することが欠かせません。クラウド会計やBIツールを活用すれば、自動でCF分析を行うことも可能です。数字を見る時間を “作業” ではなく、 “経営判断の習慣” として持つことが、次世代経営者に求められる姿勢です。

おわりに:数字は 「怖いもの」 ではなく 「味方」 

多くの薬剤師が「数字は苦手」と言います。しかし、数字は経営を裁くものではなく、正しい判断を助けるための言語です。薬局を経営するということは、“薬の専門家” から “経営の翻訳者” になることでもあります。その第一歩は、損益計算書だけではなくキャッシュフローを見て、点数の変化や生産性指標から未来を考えること。数字を読む力は、センスではなく習慣で身につきます。数字がわかる薬剤師こそ、これからの薬局経営を動かすリーダーになる。私はそう確信しています。


【2025年11月号 Vol.7 Pharmacy-Management 】