財務・税務

在宅特化薬局の多店舗展開 ―成否を分ける 「平準化」 という視点―

薬剤師 × 税理士の薬局経営教室
市川秀税理士事務所 税理士・薬剤師 市川 秀
在宅医療への対応を強化する薬局が増えています。しかし、在宅特化型の薬局経営は、通常の門前・面対応中心の薬局とは根本的に異なる難しさを抱えています。それは、人的スキルへの依存度の高さです。
医療機関や介護事業者との連携、患者宅での状況判断、緊急時の対応力……これらはマニュアル化しにくく、薬剤師個人の経験値や対人スキルに大きく左右されます。だからこそ、在宅薬局の経営者が直面するのが 「一店舗に留めるべきか、多店舗展開すべきか」 という論点です。

在宅薬局の見えにくい 「高コスト体質」

税理士として多くの薬局を見てきた立場から申し上げると、在宅特化薬局の最大の経営課題は人件費の構造的な高さです。
まず、薬剤師の給与水準そのものが上がります。麻薬調剤まで含めた在宅対応できるスキルを持つ薬剤師は市場価値が高く、顧問先の在宅特化薬局を見ても、薬剤師一人あたりの年収が門前調剤をメインとしている薬局より100万円から150万円高いケースは珍しくありません。
さらに、事務員の役割も変わります。訪問スケジュールの調整、医療機関・介護事業者との連絡、記録の整理など、業務の幅も質も格段に上がります。そして最もコストが読めないのが採用費です。人材紹介会社を使えば年収の30%から40%の紹介料が発生し、年収600万円の薬剤師なら180万円から240万円の初期コストがかかります。
一方で地方では、そもそも薬剤師人口が少なく、応募がない地域もあります。私の顧問先でも、800万円近い年収を提示しても採用できず、既存スタッフの負担が増え続けている薬局があります。この 「採用できないコスト」 は財務諸表には現れませんが、機会損失として確実に経営を圧迫しています。

多店舗化で顕在化する 「固定費の罠」

通常の薬局経営であっても、私は 「3店舗以上になったら制度として人を評価する仕組みを構築すべき」 と提言しています。ところが、在宅特化の薬局では、この難易度がさらに上がります。評価すべき項目が処方箋枚数や調剤過誤率といった数値だけでは測れないからです。医療機関との信頼関係構築力、トラブル発生時の対処の適切さ、患者・家族からの継続依頼率など、在宅薬局では数値化しにくい要素が経営を左右します。
これらを適切に評価できないまま店舗数だけを増やせば、優秀な人材ほど孤立し、疲弊していきます。そして離職が始まると、固定費化した人件費構造が一気に経営を圧迫するのです。私の顧問先で在宅を急拡大した薬局の実に半数以上が、2年目以降に資金繰りで苦しんでいます。売上は伸びているのに、です。理由は明確で、人件費比率が適正水準を超えたまま、固定費として積み上がってしまったからです。

平準化への投資、人件費を 「仕組み」 に置き換える

では、在宅特化薬局が持続的に成長するには何が必要か。その答えが 「平準化」 です。平準化とは、属人的なスキルや経験に依存している業務を、できる限り仕組みとして標準化し、誰がやっても一定水準のサービスを提供できる状態にすることを指します。
具体的には、訪問記録や連携内容をリアルタイムで共有できるICTツールの導入、在宅関連加算の算定漏れを防ぐチェック体制とシステム活用、段階的にスキルを習得できる研修カリキュラムの整備、在宅業務特有の評価軸を言語化した評価制度の明文化などが挙げられます。
こうした平準化への投資は、一見すると追加コストに見えます。たとえば、ICTシステムの導入に初期費用300万円、年間保守費用50万円かかるとしましょう。これを、人件費に代わる投資として捉え直すべきです。システムによって記録・共有・算定管理が効率化されれば、管理職の工数が削減され、その分を人材育成や連携強化に振り向けられます。仮に管理工数が月20時間削減できれば、年間240時間、人件費換算で約120万円の効果があります。2年から3年で投資は回収でき、それ以降は純粋なコスト削減効果として経営に寄与します。
何より重要なのは、属人化したままで人を増やし続けるよりも、平準化に投資することで一人あたりの生産性が上がり、結果的に人件費比率を適正水準に保てるという点です。

多店舗化の前に確認すべき財務指標

在宅薬局における多店舗展開を否定するつもりはありません。ただし、多店舗化そのものを目的にしてはいけません。税理士として、私は顧問先に対して 「2店舗目を出すなら、1店舗目が平準化の条件を満たしているか」 を確認するよう助言しています。
店舗別の損益管理が月次で正確にできているか、採用・研修コストを数値化し回収見込みを把握しているか、半年分の運転資金が手元にあるか――。これらが揃わないまま拡大すれば、固定費が膨らみ資金繰りは悪化します。

在宅薬局の成長を決めるのは平準化の質です。地に足のついた組織づくりと、数字に基づいた意思決定が、持続可能な在宅薬局経営の土台となると考えています。


【2026年2月号 Vol.10 Pharmacy-Management 】