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国民医療費の合成の誤謬(ごびゅう)

ミクロでは正しくてもマクロでは違うこと
株式会社MMオフィス 代表取締役 工藤 高

■2023年度の概算医療費は47.3兆円となった

厚生労働省は9月3日に2023年度における 「概算医療費」 が総額47.3兆円で2022年度から2.9%(1. 3兆円)増加し、3年連続で過去最高を更新したと公表した。概算医療費とは医療費の動向を迅速に把握するために、医療機関からのレセプトに基づいて、医療保険・公費負担医療分の医療費を集計したものだ。労災・全額自費等の医療費を含まないため、 「国民医療費」 の約98%に相当する速報的な医療費になる。
増加理由は、団塊の世代が来年、全員75歳以上の後期高齢者になるために、75歳以上の医療費が18.8兆円と4.5%増え、全体に占める割合が39.8%になったこと。後期高齢者1人あたり医療費は平均96万5000円と0.9%上昇し、75歳未満の平均(25万2000円)の約4倍になっている。ただし、2023年度の医療費全体の伸び率は2022年度(4.0%増)と比べて減少している。
新型コロナ感染症が昨年5月に5類に移行して、診療報酬における加算が縮小したからだ。新型コロナ関連の医科医療費は4,400億円となり、前年度の8,600億円から減少している。一方、未就学児の1人あたり医療費は前年度比6.7%増えており、理由はインフルエンザやRSウイルスなど、新型コロナ以外の感染症が流行した影響である。

■ 合成の誤謬とはミクロでは正しくてもマクロでは違うこと

病院においては医業収入の5〜6割が人件費に相当するため、診療報酬改定によるマクロの国民医療費増がないと処遇改善につながらない。2024年度改定ではベースアップ評価料として診療報酬による補填があったが、医療関係者の人件費を保証する観点からは国民医療費が増大することは望ましい。
ただし、約4割が公費(税金)、約5割が保険料、約1割が患者負担によって成り立つ国民医療費増大に対して、世論の目は財務省を筆頭に厳しい。企業の売上増大は好景気につながるために大歓迎だが、マクロの国民医療費増大は税金や保険料増加につながるために論調も厳しくなる。そうは言ってもミクロの個人レベルになれば最先端(高額)の医療提供を望み、 「その手術や薬剤、医療材料は高いので国民医療費を増大させないためにやめて下さい」 と言う患者さんがいないのは 「合成の誤謬(ごびゅう)」 になる。これはミクロの視点では合理的な行動であっても、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも好ましくない結果が生じてしまうことだ。
個人が貯蓄や節約という 「タンス預金」 に励むと、その人の資産が増えるという効果があるが、国民全員が貯蓄や節約志向になると、国全体の消費が減退し、国民の総所得が減ってしまう。個人が正しいと思ってとった行動が、みんなが同じ行動をとることで社会的な状況を悪化させてしまう。
先日、日本の大動脈である東海道新幹線が台風で東京から名古屋間はほぼ3日間不通になった。大阪に行くには北陸新幹線経由という迂回ルートもあるが時間とお金がかかる。静岡県前知事が代替手段となる中央新幹線(リニアモーターカー)工事着工を認めなかったため、JR東海は2027年度内の名古屋までの開業を断念し、2034年以降になるとの見解を示した。前知事にとっては合理的な行動(とは思えないが)かもしれないが、マクロの日本経済にとっては大迷惑な話となった。これも合成の誤謬だ。


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【2024. 10. 1 Vol.601 医業情報ダイジェスト】