病院

医療機関の倒産について考える

医療資源は簡単に確保できない
あすの監査法人 公認会計士 山岡 輝之
長崎県佐世保市の医療法人が6月21日に破産手続き開始の決定を受けたニュースを御存じでしょうか。一般病床180床の地域医療を支え、輪番病院の役割も担っていた医療機関であり、地域に与える影響は非常に大きかったのではないかと思われます。この医療法人の負債額は約11億7千万円、外来・入院患者の減少などで令和6年3月に債務超過状態に陥り、資金繰りが悪化していったとのことです。職員は医師など約140人が勤めているほか、約90人の入院患者も抱えており、これから転院などを行う予定とされています。

医療機関が倒産することはないとお考えの方も皆様の中にはいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、倒産するまでにはいかなくとも、自主廃業や事業譲渡等による消滅あるいはオーナー変更まで含めれば、皆様の近所の医療機関(病院・診療所・歯科医院)でも見覚えはあるのではないかと思います。
事実、医療機関の倒産事例はあり、株式会社帝国データバンクの資料によれば、2023年の医療機関(病院・診療所・歯科医院)の倒産は前年と同じく41件あり、2年連続で40件を超えています。コロナ支援策の影響で倒産件数も少なくなった年度もありましたが、ここ最近では増加傾向にあります。

【危機意識の欠如】

医療機関の経営者層の中には、「質の高い医療を提供するためにより良い環境を整備しなければならない」とお考えの方は多くいらっしゃると思います。実にそのとおりと考えますが、問題は環境整備を優先し、身に余る過剰な投資になっていないか、です。
私の経験ですが、多額の債務が残っているにも関わらず、「建て替えは職員のモチベーションに繋がるため、早急に行いたい」と、とある医療機関の理事長がしきりにお話されることがありました。別の医療機関では、資金繰りに窮している中、医療機器の整備を計画通りに進めてしまう、また、役員報酬の減額にすらなかなか手を付けないような事例もありました。
良い医療をすれば、患者も増え、診療報酬も増える。この経営方針が全てと考えている医療機関の経営層は多いのではないでしょうか。間違ってはいませんが、良い医療の実現のためならいくらでも投資してよいということではありません。現在の現預金の残高はいくらあるのか、借入金の残高、毎月の返済額、営業活動によるキャッシュ・フローはいくら生み出せているのか、このような自院の状況・実力を知らずして前述のような経営方針を突き進めれば、必ず資金繰りに窮することになります。

【医療資源は簡単に確保できない】

医療資源(ヒト・モノ・カネ)で言えば、確かに資金が枯渇しては経営が止まってしまいます。しかし、最近では「ヒト」すなわち医療職や事務職など医療機関で勤務する職員の確保に加え、患者(入院・外来)の確保も厳しくなっているのではないでしょうか。
令和5年度の医療機関の決算を見ると、看護職の確保が出来ず、コロナ後の入院病棟を再開できないために収益が戻らないままの決算書をよく目にします。しかし、最近では人件費が下がったと思えば、その理由が看護職の減少だけでなく事務スタッフ等の離職が要因であるような事例を見聞きすることがあります。職種を問わず、医療機関からの「ヒト」離れが顕著になってきているのではないでしょうか。患者においては、コロナ後も病院離れが生じたまま、以前の水準まで戻るような行動変容が起きるとは限りません。
「モノ」となる設備や材料に多額の投資や支出が伴う医療機関にとって、「カネ」のみならず「ヒト」の確保も厳しい今の環境では、無理な計画や無駄な経営が即、命取りとなってしまいます。
診療報酬制度の建付け上、人員配置や医療機器整備など、必要十分な医療提供体制を整備しない限り、診療報酬が満足に確保できない点も医療機関の経営を厳しくさせているのかもしれません。このことが、結果として医療機関の倒産を早める、あるいは環境変化に対応できず、必要以上の倒産事例を生むとも考えられます。

【医療機関の倒産が与える影響】

医療機関の倒産は、一般企業とは異なり、患者の生命・身体の保護にも大きな影響が生じます。特に、入院患者の受入先の確保、診療を継続させるための計画、カルテ等の診療録の取り扱い等、通常の破産手続に加え、患者の命に関わる大切な手続きが必要となります。また、地域の医療提供体制に大きな影響が及ぶため、行政との調整も重要になってきます。医療機関は、地域のインフラとして存在しているため、簡単に倒産や廃業というわけにはいかないのです。

今回の執筆を進めるにあたり、このようなテーマを選んだ理由として、地域の重要なインフラである医療機関を持続させることがいかに大事であるか、それを実現するための経営を本当に医療機関が考えているのか疑問に感じたことがありました。すべての医療機関が地域の住民が安心した生活を送るための拠点であり続けるような経営を進めていだきたいと思います。


【2024.8. 1 Vol.597 医業情報ダイジェスト】