診療所

院内を円滑にするコミュニケーションツール「私のトリセツ」

クリニック相談コーナー
合同会社MASパートナーズ 代表社員 原 聡彦

【相談内容】

近畿地方の開業5年目のA内科クリニックのA院長より「新人を早期戦力化させるためにはどんな教育をすればいい?」という相談を頂きました。

【回  答】

多くのクリニックで行われている新人教育は、OJTの中で先輩が機器の使い方を教えるなど、知識を与えるだけの教育となっています。新人の教育で大切なことは知識だけでなく、まず当院で勤務するのにあたり医療従事者としての知識と習慣を身につけさせることです。

筆者は診療所の経営支援のなかで新人教育研修のコーディネートやスタッフの個別コーチングを実施していますが、新人の早期戦力化に成功しているクリニックは「教育する側の先輩には教え上手になること」、そして「教わる新人には教わり上手になること」の二つが実現しやすい職場環境をつくっています。今回は新人の早期戦力化に成功しているクリニックが実践している具体策を2回にわたってお伝えします。

■心理的安全性を高める環境をつくった「私のトリセツ」
教える側、教わる側の具体策に入る前に、教わる側の新人の早期退職を防止するために、クリニックの経営者である院長には職場の心理的安全性を高める施策を検討いただきたいと思います。そこで、最近、効果の上がっている事例をご紹介します。

新人の離職率の高いA内科クリニックの退職スタッフに個別面談で退職の理由を聞き取り調査したところ、院長には当たり障りのない退職理由を伝えていたものの、本音は「教える先輩スタッフから無視される」「指導が感情的で怖い!」など、今後、人間関係が良くなるイメージがもてなかったことが退職理由となっているケースが多い傾向にありました。A院長からは「スタッフの人となりや何が得意なのか、どのような時に感情が高ぶるのかなど、お互いのことを深く知れば話し掛けやすさが生まれ、コミュニケーションも円滑になり新人教育にも役立つのではないか」という提案がありました。まさにその通りですが、個別に対面で話す機会を増やそうにもお互いに時間がなく、ランチタイムや業務時間外に時間を共有するには時間もお金もかかります。大切だとわかってはいても、コミュニケーションコストをかけている余裕がとれませんでした。おそらく多くのクリニックも同じだと思います。
 この背景を考慮して、先輩の人となりを伝えるツールとして「私のトリセツ(取扱説明書)」(図)を作成してあらかじめ新人と共有し、仕事をするうえでの考え方、ライフスタイルをふまえた働き方などを積極的に開示したところ、コミュニケーションが円滑になり、話し掛けやすくなったと先輩からも新人からも良い評価を得られました。
 自分では「自分はこういう人だから」と思っていても、外部からはなかなかわかりません。見た目でしか判断できないのでどうしてもギャップが生じてしまいます。このギャップが大きれければ、自分が考えているように接してもらうことは難しくなり、新人は辞めてしまいます。

そのギャップをできるだけ小さくし、円滑なコミュニケーションを図れるようにするのが「私のトリセツ」の役割です。
「私のトリセツ」を始めたことで、さまざまな効果がありました。
先輩が新人のことを知っている、というだけでなく、新人もトリセツで先輩のことを知ることができるため、安心してコミュニケーションを取れるようになりました。「先輩のトリセツ」を見た新人からは、「『短刀直入に物言いをする傾向があります(失礼に聞こえるかもしれませんが、悪意はありません)』というトリセツのおかげで、相手の真意が見えて、怖がったり緊張したりすることなく話しかけられました」という感想も聞こえています。
 クリニックの仕事の多くは一緒に働く仲間とともに行う協働作業です。「私のトリセツ」は院長を含めクリニックのスタッフ全員が一緒に働く上で相互の理解と円滑なやりとりをしやすくするツールとなるのでお勧めしています。




【2023. 6. 1 Vol.569 医業情報ダイジェスト】