病院・診療所

健診拒否・喫煙にどう対応? 職場の健康管理術

クリニック相談コーナー
合同会社MASパートナーズ 代表社員 原 聡彦

【相談内容】

大阪府で整形外科クリニックを経営している院長からのご相談です。
「毎年、当院では全スタッフを対象に健康診断を実施していますが、ある事務スタッフが 『受けたくない』  と言って受診を拒否しています。本人の意向に配慮して無理に受けさせなくても問題ないのでしょうか?また、最近スタッフが休憩時間中に喫煙しているところを、患者さんに見られていたという話も耳に入りました。スタッフの健康管理やクリニックのイメージの観点から、どこまで注意や指導をしてもよいものか悩んでいます」

【回 答】

スタッフの健康管理は、医療機関としての信頼や職場全体の安全に関わる重要なテーマです。今回のご相談では、健康診断の受診拒否と喫煙習慣という2つの切り口から、クリニックとしてどこまで対応すべきか、法的・実務的な観点で整理してみましょう。

1.健康診断はスタッフの義務  ―クリニックが受診を促す責任あり―
まず前提として、労働安全衛生法第66条により、事業者(クリニック)は年に1回、スタッフに定期健康診断を実施する義務があります。さらに、労働契約法第5条では、スタッフの心身の健康状態に応じて適切な配慮をする 「安全配慮義務」 が規定されています。したがって、スタッフが受診を拒否したとしても、クリニック側は受診を促す責任があるのです。また、健康診断を受けていない状態でスタッフが体調を崩した場合、 「クリニックが健康状態を把握していなかった」 として、安全配慮義務違反による損害賠償責任が問われるリスクもあります。

<実際の対応方法>
  • 健康診断の対象者であることを正式に伝え、正当な理由がない限り受診が必要である旨を丁寧に説明する
  • 他院での受診を希望する場合は、健診結果の提出をもって代替可能
  • 拒否を継続する場合は、「自己保健義務」にもとづ いて対応を検討
 過去の判例(愛知県教育委員会事件)では、定期健康診断の受診を拒否した職員に対して懲戒処分を行ったことが 「妥当」 とされています。

2.就業規則に 「健康管理の義務」 を明記しておく
スタッフの健康を守るためには、日常的な健康意識の醸成と制度面の整備が必要です。とくに就業規則に、以下のような内容を盛り込むことで、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。

【就業規則記載例】
職員は、正当な理由なく健康診断の受診を拒否してはならない。
職員は、自らの心身の健康の維持・増進に努め、体調に異常を感じた場合は速やかに申告すること。

このように就業規則に明記することで、健康診断の実施が院長の方針ではなく “職場のルール” であることがスタッフにも明確に伝わります。

3.スタッフの喫煙習慣も “健康管理” の一環として見直す
次に、喫煙習慣についてです。近年は 「禁煙外来」 を実施している医療機関も増えていますが、そうしたクリニックで働くスタッフが制服姿で喫煙している姿を見かけられると、患者の信頼を損なうおそれがあります。
また、喫煙は健康リスクだけでなく、受動喫煙による他スタッフへの影響や、勤務中のパフォーマンス低下にもつながるため、院内の管理対象とすべきです。

<喫煙への対応策>
  • 喫煙可能な時間帯・場所を限定し、明文化する
     例:勤務時間中の喫煙は禁止/喫煙所以外での喫煙禁止
  • 採用時に喫煙の有無を確認
    衣服への臭いやスタッフ間トラブルの予防になります
  • 禁煙を促す文化づくり
    禁煙に成功したスタッフを表彰する制度を導入しているクリニックもあります。
4.健康診断で助成金を受けられる制度も
健康診断の実施は費用も伴いますが、パートスタッフに対しても健康診断を義務付けることで、助成金(健康診断制度コース)を受けられる制度があります。

 【主な要件(例)】
  • 雇用保険加入のパートスタッフが2名以上在籍 
  • 健康診断または人間ドックを年1回実施(就業規則記載)
  • 2名×2回(のべ4回)実施で最大38万円の助成
助成金活用は、スタッフの健康投資をコストではな く “制度的な経営改善”  とする大きなチャンスです。 就業規則と一体での導入が必要なため、社労士など専門家との相談をおすすめします。

【まとめ】

健康管理は  “クリニックの信頼”  を守るための投資スタッフの健康は、クリニック経営の根幹です。健康診断の受診には法的な義務と責任があります。喫煙習慣も放置せず、職場環境や患者の印象を守る視点で対応しましょう。そのためには、就業規則の整備と、助成金制度の活用で 「守り」 から 「攻め」  の健康管理が求められます。
患者の健康を支える私たち医療従事者だからこそ、まずは働くスタッフ自身が  “健康のロールモデル” となれる環境づくりを進めていきましょう。


【2025年7月15日号 Vol.6 メディカル・マネジメント】