組織・人材育成

リテンションとしての新たなポジションの創設

人事・労務 ここは知っておきたい
株式会社ToDoビズ 代表取締役 篠塚 功
令和7年の人事院総裁談話の中に、 「政策の企画立案や高度な調整等を担う職員を対象に、人材の獲得・リテンションに資する、新たな人事制度を検討します」 とあります。リテンション(Retention)は、直訳すると、維持、保持という意味で、マーケティングの領域では「既存顧客と継続的な関係を維持していくためのマーケティング施策」を指します。そして、近年、人事領域におけるリテンションが注目されています。人事におけるリテンションの意味は、 「優秀な人材の離職を防ぎ、継続して活躍してもらうための施策」 です。
先日、支援している病院で、キャリア開発ラダーを卒業した職員の処遇等について協議しました。看護部長に、卒業した職員の状況を確認すると、 「年齢が高く経験年数も長くて現状維持を望む職員」 と 「若くて優秀な意欲のある職員」 に分かれるということでした。リテンションとしては、後者の人材を維持する施策が必要ということになります。そこで今回は、この病院のケースから、若い意欲のある人材の離職を防ぎ、活躍してもらうための施策について考えます。

優秀な人材のキャリア形成のための新たなポジションの創設と処遇

この病院では、1~3等級を一般職とし、この期間にキャリア開発ラダーを卒業する形の等級制度になっています。1等級からスタートして、ラダーⅠを修得しラダーⅡに進み、原則として2等級に昇格します。その後、ラダーⅢへと進み3等級に昇格し、ラダーⅢを修了するとラダーは卒業です。その後、4等級に昇格させ主任に登用できればよいのですが、4等級以上へは、役職とリンクしているため、主任のポジションが空かなければ、3等級に滞留することになります。現状維持を望んでいる職員であれば、そのまま3等級で、日々の業務に専念してもらえばよいわけですが、上昇思考で意欲のある若い人材が、現状維持に不満を持って辞められては困るので、リテンション施策が必要となります。
そこで、一般職で上がれる等級をもう一つ増やして、賃金を持ち上げるか、あるいは、新たなポジションを作って、役職手当で処遇するか、協議したわけです。その結果、等級数を増やし等級フレームを変えることは、賃金表を見直すなど、人事制度の大きな見直しになり、しかも人件費増も懸念されることから行わないとし、主任の業務量が、人事評価の面接等で増えているため、主任を補佐する職務を置く方向で検討を進めたいということになりました。
この方向性は妥当です。単に等級数を増やして賃金を上げるだけでは昔の能力主義的な考え方であり、単に人件費が増えるだけです。副主任、あるいは主任補佐といった新たな役割を設け、将来の管理職を目指すキャリア形成を支援することが、意欲のある人材を組織に留め、将来の管理職候補を育成することにもつながります。主任の業務の一部を補佐することで、人をマネジメントすることの難しさを知るとともに、人材マネジメントの力を徐々に身に付けていくことになります。マネジメント力というものは、実際に経験することで身に付く能力ですから、若い人材を副主任に登用し、優秀な主任の下で、マネジメントを学ぶ機会が得られます。
このように新たなポジションを創設する時に、処遇をどうするかが問題となりますが、ポイントとしては、業務の内容は、初めは主任業務の一部分に留め、等級と基本給は変えないで、賃金面でのリテンションとしては、役職手当を支給して対応すればよいでしょう。なお、金額設定は業務量に見合った額にすべきですが、一度高い金額で設定すると、後で、不利益変更の関係で下げることは難しいですから、低めの設定にしておきます。そして、試行という形で、2年程度の任期を設定し導入したほうが無難です。

新たなポジションと組織マネジメントの維持

新たなポジションを作った時に、注意をしなければいけないことは、無意識に、組織のマネジメントのあり方を変えるようなことがあってはならないということです。例えば、現在、師長から主任、主任から各看護師という指揮命令の流れであれば、副主任は主任の下の役職だからということで、 「師長→主任→副主任→各看護師」 という指揮命令系統の組織図に変えてしまうと、現在のマネジメントの形を大きく変えることになります。
このようなことが知らない内に起こらないよう、新たなポジションの具体的な業務を職務分掌によって明確に示すとともに、組織図に新たなポジションを明記する際に、指揮命令系統を変えない形で表す必要があります。すなわち、副主任は、主任の補佐として、主任の指示の下、主任業務の一部を担うだけであり、看護師の日常のマネジメントは、従来通り、主任が行うといったように、現状の組織マネジメントの形を維持できるように注意すべきでしょう。


【2025年10月1日号 Vol.11 メディカル・マネジメント】