組織・人材育成

同情と共感

なぜそう考えるか知ろうとする
株式会社メディフローラ 代表取締役 上村 久子
酷暑の夏からようやく季節の変わり目を感じるようになったと思いを馳せながらこの原稿を書いています。季節の変わり目は体調を崩しやすく、精神的にも揺らぎやすくなりますね。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。今回は   「それぞれの立場でそれぞれの正義が衝突した場合の考え方」 について、相手を変えようとせず解決策を探ることに挑戦したリーダーのお話ご紹介いたします。

ケース:

日本の南のほうにある整形系クリニックのお話です。このクリニックが所属する法人は経営上良い成績が続いています。それは、法人代表の強いリーダーシップのもと、売上目標をそれぞれの事業所の管理職が管理することにより実現させてきた結果でした。
ある日、このクリニックで院長先生とリハビリリーダー(リハビリスタッフとして勤続年齢が長く年齢も高い)と、リハビリスタッフAさん(管理職以外のスタッフの中で最も勤続年数が長く年齢も高い)との間で衝突が発生しました。それは売上目標を気にする管理職に対し、現場を改善することで質を重視すべきであると訴えるAさんとの意見が真っ向から対立したために起こったのでした。

Aさん 「私は現場スタッフの不満をよく聞きます。しかし、高圧的なリハビリリーダーに他のスタッフは閉口してしまい、リーダーの理不尽なマネジメントを受け入れるしかない雰囲気があるのです。売り上げを上げないといけないことは分かるのですが、中身が全くなっていない。それなのに患者さんからお金をいただいているのは専門職として心苦しいのです。他のスタッフも問題視していますが、リーダーを前にすると何も言ってくれないので私が言うしかありません。リーダーにも院長先生にも伝えているのですが何も変わらなくて……私が言っていることはそんなにおかしいことなのでしょうか」

リハビリリーダー 「Aさんは自分が正しいと思っているようですが、管理職として全体を見なければならないじゃないですか。収入にも気を配らなければなりません。先日Aさんが私に 『今行っていることは詐欺に等しい』 と強い口調で訴えたのです。私はその言葉がどうしても受け入れられなくて院長先生に報告しました。もう病んでしまいそうです」

院長先生 「Aさんには困ったものです。Aさんは経験年数も長く年長者なのに、相手がどう思うか考えずに思ったことをそのまま口にしてしまうのです。今回もリハビリリーダーを怯えさせてしまいました。もうちょっと、自分の言うことが相手にどんな影響を与えてしまうか考えて行動してほしいものです」

クリニックの売り上げは順調なため、法人代表はクリニックに問題を感じていません。しかし、Aさんは組織内で孤立し始め、組織内の雰囲気はかなり険悪になってきています。

このケース、どのような感想を持ちましたか?それぞれの立場でそれぞれの正しさがぶつかり合っている状態になっていますね。程度の差はあれど、このような状況はよくあることだと思います。皆さまはこのような状況になった場合、どのように対応されているでしょうか。
このケースには後日談があります。この法人の別組織に経営支援をしていた筆者がこのお話について相談を受け、それぞれの立場の人の間に入り、お話を伺うことになったのです。筆者が行ったことはただ 「それぞれが 【なぜそう考えているのか】 に耳を傾ける」 ことのみ。全員が集まる場でそれぞれの正義について私の判断を入れずにひたすら聞いたのでした。そうすると、ご自身の考えが正しいと信じてゆるぎないそれぞれの立場の人の表情や言動が徐々に冷静になっていき、 「なぜ相手がそのような言動を起こしたのか」 をお互いに考えることで 「何かこの組織には問題があるかもしれない」 ということが共通認識となり、次のステップである 「ではどうしたら良いか」 という話が少しずつできるようになったのです。これは私にとってもとても貴重な体験であり、 「相手を変えようとするのではなく、相手のことを徹底的に知ろうとすることで相手が変わろうとする」 ことを身をもって理解する出来事になりました。

相手のことをただ憐れみを持って同情したのではなく、相手の立場に立って理解しようとする共感の場を作ろうとしたことがポイントだったのではないかと考えています。共感とは相手との信頼関係を構築するために重要なキーワードであることは理解している方は多いと思います。しかし、相手と意見が異なる場面で共感性を発揮できるかというと、 「あなたの主張は間違っているから正したい」 という感情が邪魔してしまい、自然と共感よりも自己主張が勝ってしまうものです。このケースが相手とより良い関係性を構築し、組織をより良くしていくために 「共感」 について考えていただけるきっかけになれば幸いです。


【2024. 11. 15 Vol.604 医業情報ダイジェスト】