組織・人材育成

人事制度のツールの運用と見直し

職能要件書とそれに代わるキャリア開発ラダー
株式会社To Doビズ 代表取締役 篠塚 功
日本の多くの企業に導入されてきた代表的な人事制度は、職能資格制度と呼ばれる能力主義の制度ですが、この仕組みは、病院にも導入されています。人材の育成を第一に考えた制度で、能力が上がれば上位等級に進み、賃金も上がる仕組みです。この制度では、等級ごとに修得していかなければならない具体的な能力を書き出した「職能要件書」というツールを使います。病院では、多くの国家資格を有する人が働いており、求められる具体的な能力は異なるわけですから、この要件書は、職種ごと、さらには等級ごとに作ることになりますので、膨大な時間を要します。そこで、最近では、職能資格制度とはいえ、職種ごとの職能要件書は作らず、資格等級フレームの中に、簡単に職種共通の能力段階を定義している企業や病院も少なくないと感じます。

しかし、筆者が支援している病院の中には、大昔に膨大な時間と労力をかけて、職能要件書を整備した所があり、その当時の人事担当者の努力には頭が下がる思いで、苦労談をお聞きします。ただ、問題なのは、現在まで継続して職能要件書を運用している所が少ないことと、運用を止めることを病院が組織決定したから止めたのではなく、自然に使われなくなったということです。病院が、職員の育成にあたり、職能要件書を活用することを決定し、スタートしたにも関わらず、各部署で、自然に行われなくなったというのは、組織の在り方として問題だと考えます。管理職が組織の決定にしたがって行動するのは、管理職の役割として基本と考えますが、それができていなかったということです。これでは、組織の力は強くはなっていきません。

そこで、今回は、人事制度のツールの運用と見直し、および運用が上手くいかなくなった時は、どのようにあるべきかについて考えます。

人事制度のツールの見直し

病院等で働く専門職に求められる具体的な能力は、1つ1つ書き出していくと膨大な量になります。そのような形で作られた職能要件書を読み込んで活用すること自体、難しいことと考えます。また、医療は年々進歩し、専門職に求められる能力も変わっていきます。具体的に示されているがゆえに、頻繁に修正が必要となるように感じます。さらに、人事評価表のように1枚のシートで定期的にチェックをするというような使い方であれば、運用しやすいのでしょうが、そのような形で運用するのも分量的に難しいと思われます。
このようなことから、筆者は、職能資格制度を導入したとしても職能要件書を作ることまでは求めてはおりません。代わりに、キャリア開発ラダーを作成し運用することを推奨しています。キャリア開発ラダーも、職種ごとに実践能力を書き出して作りますが、その内容は、1つ1つ細かい能力を書き出すというよりは、部下に身に付けておいてもらいたい重要な能力に絞って表してもらうようにしています。患者さんに対して、より良い医療を提供するために、きちんと身に付けておいてもらいたい重要な能力が、あるのではないでしょうか。時代が変わっても大切なことは変わりません。そのような能力を明らかにすることが大事です。

そして、もう1点職能要件書と異なる部分は、ラダーの評価表を作成し、定期的に自己評価をしてもらうことと、上司評価を行い、ラダーを使って、指導育成をしてもらうことです。さらに、このことは、管理職や指導職の役割として明確にし、人事評価によって評価を行います。例えば、指導職の評価要素に、「定期的にスタッフと面談を行い、ラダーの評価を示しながら、育成に向けた指導を行っている」という内容を入れ、指導職を評価します。ラダーの評価が自然に止まるようなことがあれば、この部分の評価が悪くなるわけですから、人事部のほうでも気が付くものと考えます。

決められたことをしないのか、できないのか

人事制度を導入して、人事部や本部がやるべきことは、職能要件書が自然に使われなくなったと嘆くのではなく、定期的に制度の運用が上手く行われているかを確認することです。先述のように、評価表にして、定期的に人事部に提出してもらう仕組みであれば、運用がされていないことにすぐに気づきます。また、先述の人事評価の要素に入れることでも、運用状況の把握ができると考えます。
そして大事なことは、多くの部署で運用がされていない状況を把握できた時に、「運用がされていない」ではなく、「運用ができない」という視点で捉えることです。単に運用していないということではなく、運用ができないから止まっているのではないかと考えることで、その阻害要因は何で、改善が可能か否かを考える方向へと向かわせます。

今回、職能要件書とそれに代わるキャリア開発ラダーを例として考えました。組織が何らかの仕組みを作り、組織全体で運用しようという時に、その運用状況を自然に把握できるような仕組みにすることと、運用ができていない時に、「運用していない」ではなく、「運用ができない状態である」という視点で捉え、改善に向かっていくことが必要だと考えます。


【2022. 9. 15 Vol.552 医業情報ダイジェスト】