保険薬局

(30)心をここに置いて

五感を使い、今を意識する
薬剤師 産業カウンセラー 荒井 なおみ
誰かの話を聞いているときに、 「ねえ、聞いている?」 と言われてハッとしたことはないでしょうか。あるいは一人密かに 「あ、いま聞いていなかった」 と思ったことは?私たちは、一生懸命聞いているときでさえ聞き漏らすことがあります。今回は、 「心ここにあらず」 そして 「心をここに置く」 について考えてみます。

1. 「心ここにあらず」 とはどんな状態か

冒頭で上げた事例はまさしく 「心ここにあらず」 ですね。聞き手が他のことに気を取られている様子は、話し手にすぐ分かってしまいます。他にどんなことが思い浮かぶでしょうか。通勤の帰り道に考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか家に着いていた。確かに自分がAさんの服薬指導したのだが何を話したのか全く覚えていない。天気予報を見ようとテレビをつけたのに肝心の天気予報だけ聞いていなかった。本を読んでもちっとも頭に入らない……などなど。
「心ここにあらず」 とは、気が散っていろいろなことを考えてしまい、結果的に目の前のことがお留守になってしまっている状態です。私たちは本当にあれこれ次々と考えてしまいます。頭の中が自分の考えでいっぱいになってしまい、五感を使って現実を感じることができない状態になっているのです。大人は長い人生経験がありますから、ついそれに照らし合わせて考えてしまうのでしょう。その点、子供は経験が少ない分、現実を五感でとらえようとしますので生き生きとした体験ができるのかもしれません。最近、 「心ここにあらず」 で生きていないか、この機会に振り返ってみましょう。

2. 「心をここに置き」 ましょう

「心をここに置く」 とは、今のこの瞬間の現実にしっかりと意識を向けている状態です。 「今、ここ」 に意識を集中します。余談ですが、産業カウンセラー協会東京支部の会誌は 「いまここTokyo」 という名称です。 「今、ここ」 というキーワードはカウンセリングの中ではよく出て来ます。
ところで皆さんは、今、何をしていらっしゃるでしょうか。このコラムを集中して読んでくださっていれば嬉しいのですが……。〇〇しながらではなく、他の事に気を取られることなく何かに集中して取り組んでいる状態が 「心をここに置いている」 ということです。
さて 「心をここに置く」 ことで生まれるメリットはたくさんあります。人の話をしっかり聴きますから、人間関係が良くなります。何回も聞き直したり、勘違いしてしまったりするのを防いでくれます。話すときは、相手を見てしっかり話しますから、相手が理解しているか確認できますし、話す内容が散漫にならず伝えたいことを正確に伝えることができるでしょう。仕事を1つずつ仕上げていけば、やりっぱなしや期限切れが減ります。途中で他のことをやらなければならないときは、同時にあれもこれも行うと混乱してしまいますが、優先順位の高い順に頭のスイッチを切り替えることで上手に管理することができます。人間関係が良くなり、仕事がうまく進み、脳の疲れも少なくリラックスすることができます。

3.五感を使い、今を意識する練習をしましょう

五感とは何でしょうか。明鏡国語辞典によれば、五感とは 「外界の事物を認識する5つの感覚。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の総称」 と書かれています。五感は外界の事物を認識するための感覚ですから、 「心ここにあらず」 から脱却するためには、この五感をフル活用すればよいのです。今回は取り組みやすい2つの方法をお伝えします。集中しようと思っても、どれだけ簡単に気が逸れてしまうのかを体験する機会にもなりますが、あきらめずにやってみてください。気が逸れたら、そのことに気づいて元に戻せばいいのです。

①マインドフルネス・イーティングの勧め
  • まず、スマホをしまいましょう。できたらテレビも消してください。
  • 食べ物をよく観察します(食材、色、形など)。
  • 匂いをかいでみましょう(酸っぱい、甘い、苦い、独特の匂いなど)。
  • もしかしたら音がするかもしれません(弾ける音、ぐつぐつ煮える音、皮をむく音など)。
  • どんな味がしますか。予想通りですか。口の中でどんな感触がしますか。
  • しっかり味わってから飲み込んでください。

②マインドフルネス・ウォーキングの勧め
  • 空を見てください。天気はどうですか。
  • 風、温度、湿度、日差しを感じてみましょう。
  • 周りを見回してください。何が見えるでしょうか。
  • 土の匂いや草花の匂いがするかもしれません。
  • イヤホンを外し、車の音、人の話し声、虫の声、せせらぎの音を聞いてください。
  • 自分の歩き方はどうでしょうか。足の裏から大地を感じてください。

とうとうこのコラムも最終回となりました。長い間、お読みいただきありがとうございます。皆さまにおかれましては心身共に健やかに過ごされ、患者さんのために良い仕事をなさってください。ご活躍をお祈りしています。


【2024.10月号 Vol.341 保険薬局情報ダイジェスト】