組織・人材育成

大丈夫は大丈夫じゃなかった

新人定着率の極めて低いクリニックの院長先生の気づき
株式会社メディフローラ 代表取締役 上村 久子
今年も新年度がスタートしました! 春の陽気(とスギ花粉)に包まれながら執筆しておりますが、いかがお過ごしでしょうか。今回は新人定着率が低いクリニックで行ったワークでの気づきから、より良い組織の在り方を考えましょう。

ケース

主要都市からさほど離れていない住宅街にあるクリニック(院長先生含め全職員6名)のお話です。このクリニックではここ数年間、新人が3か月と続かずに悩んでいました。院長先生は「常に人材不足なので新人を入れるのですが、突然退職を願い出られることが続いています。スタッフは真面目だし人格的にも問題は無いはず。新人が入る前に快く迎えるためにミーティングを行って、いつも受け入れ態勢は整えているのです。最近の人は堪え性が無いのでしょうか…」とうなだれながら私のところに相談に来ました。

そして、組織力を高める研修が始まりました。最初は研修そのものに慣れていなかったスタッフも徐々に慣れてくると緊張が解け、ワーク内で普段の様子が垣間見られるようになってきました。
この日の全体研修のテーマは「コミュニケーションを振り返ろう」。3人ずつの2つのグループに分かれ、1つのグループがもう1つのグループの会話を観察し、フィードバックを行うというワークを行いました。院長先生が入ったグループは院長先生を除く2名は女性。最初は観察されていることを意識して全員が少しずつ言葉を発していましたが、会話のテーマが定まると女性の声だけが聞かれる状態になり、院長先生の声はあまり聞こえなくなってきました。第三者として観察していると、院長先生は何とも言えない表情を浮かべ、話に加わろうとしている様子が伺えますが、言葉を発する機会に恵まれません。そのまま制限時間となり、ワークは終了しました。
後日、院長先生と私の二人で全体研修の振り返りを行いました。

院長先生「あのワークは本当に色々な気づきがありました。気づきというより『衝撃を受けた』という表現の方がしっくりくるかもしれません。私は3人で話をしていたはずなのに居心地の悪さ、疎外感を非常に強く感じました。でもあの2人が悪いわけでもなく、2人にとってはそれが自然なことなのだと思います。いつもスタッフルームで賑やかな声が聞こえてくるので、その声を聞いて私は『楽しそうだな』と思うだけでした。ですが、先日のワークでの私の立場は新人と同じなのかもしれないと気づいたのです。新人が入ってくると『みんなとコミュニケーションを取れているか』ということを既存スタッフ・新人の両方に確認しますが、『大丈夫です』という言葉が返ってくるので、それを真に受けていました。あのとき味わった疎外感は忘れられません。非常にしんどかった。組織としてのコミュニケーションの在り方を考える良い機会になりました」

この日から院長先生は今まで踏み入れなかったスタッフルームに突入する機会を作ることに決めました。今まではスタッフ間のことに院長である自分が入ることで遠慮が生まれてコミュニケーションが妨げられるのではないかとの危惧からスタッフルームに入らなかったのです。しかし、それは自ずとスタッフと院長先生との関係性に溝を生み、スタッフ間で起こる些細な関係性の変化を気づき難くさせていたことに気づきました。最初は「何でスタッフルームに来たの?」という反応だったというスタッフも、差し入れのおいしいお菓子と共に徐々に受け入れるようになっていったそうです。
まずは院長先生とスタッフの間の関係性を深めることを目標に、今日もスタッフルームに行くタイミングを院長先生は見計らっています。

このケース、どんな感想を持ちましたか?
コミュニケーションは信頼関係を築くためのツールであって目的ではないはずですが、「会話が行われている⇒コミュニケーションが取れている⇒信頼関係が築けている」と安易に判断してしまうケースは少なくありません。本来、会話があることとコミュニケーションが取れていること、そして信頼関係が築かれていることは必ずしもイコールで繋がるとは限りません。ですが、この院長先生のように「スタッフとの間に院長である自分が入ると色々やり難いだろう」などと理由をつけてスタッフ同士の会話に興味を示さないことは、本質的な組織の問題を見逃しやすくなります。自分が興味のあるものだけに焦点を当てれば良いという院長先生の姿勢は、必ずスタッフに同様の影響を与えます。このケースを踏まえて、ぜひ組織内のコミュニケーションを振り返ってみて下さい!


 【2022. 5. 15 Vol.544 医業情報ダイジェスト】