組織・人材育成

今年の春闘と病院における賃金改善

年功的賃金制度の見直しと初任給の改善
株式会社To Doビズ 代表取締役 篠塚 功
新型コロナウイルス感染症が収束しつつある今日、未曾有の物価高や人材不足の深刻化を背景に、企業における今年の春季労使交渉の結果は、前年から大幅に上昇しています。ちなみに、日本経済団体連合会の第1回集計結果を確認すると、大手企業の春闘の回答・妥結状況(15業種92社)は、定期昇給を含む月例賃金の引き上げ率3.91%(13,110円)と前年の2.27%(7,430円)を大きく上回りました。また、従業員数500人未満の中小企業の春闘の回答・妥結状況(17業種277社)は、同じく賃金の引き上げ率2 .94%(7,864円)と、こちらも前年の1.97%(5,219円)を大幅に上回っています。

病院の今年4月の賃上げ状況は不明ですが、筆者が昨年支援した12病院で、今年ベースアップ(ベア)を実施した所は3病院だけでした。2病院は定額3,000円のベア(定額配分)で、ベア率は1%弱、残り1病院は定額2,000円のベアを実施し、ベア率約0.8%でした。このような実態と過去の調査から、今年も病院においては、ベースアップをした所は2割に満たなかったのではないかと推測します。

企業の賃金水準が上昇していく中、病院の賃金水準は上がらず、その格差が拡大していけば、少子高齢社会で、若い労働力人口が減ってきている状況において、医療界を目指そうという若者も減少しつつあるものと危惧します。実際、医療系の専門学校では、学生が集まらず、閉校に追い込まれている所もあると聞きます。
そこで、今回は、病院の賃金の見直しについて考えます。

年功的賃金制度の見直しと初任給の改善

多くの病院の賃金体系を見ていると、年齢の高い職員の水準は決して低くはないことに気付きます。おそらく、昔の病院の経営は現在ほど厳しくはなく、それなりに毎年昇給をしていた時代があったからでしょう。しかも、等級制度や賃金制度が未整備な所では、役職にも就かない年齢の高い職員の賃金を無制限に昇給させている実態があります。すなわち、賃金制度が未整備であるがために、知らない間に、賃金体系が年功的になっているわけです。これでは、若い人材が不満を持って辞めていき、しかも新卒採用も上手くいかずに、職員の高齢化が進み、人件費率は高くなっていきます。

まずは、病院界においても、人事・賃金制度の整備を進める必要があるでしょう。そして、若い人材の賃金水準を上げるとともに、年功的な体系に陥っているとすれば、早急に改善に着手する必要があります。日本では賃金の不利益変更はできませんから、いきなり賃金を下げることは不可能です。したがって、見直しには時間をかけて取り組む覚悟が必要でしょう。但し、若い人材の賃金改善は、早急に取り組まなければなりません。まず、ベアについては、その昇給原資を初任給の改善と20歳台に配分すべきです。ちなみに、昨年3年ぶりに人事院勧告が実行されましたが、月例給の引き上げ幅は平均921円(0.23%)でした。但し、20歳台半ばに重点が置かれ、実際に賃金が引き上げられたのは、30歳台半ばまでの若年層であり、初任給については、大学院卒と大卒が3,000円アップ、高卒が4,000円アップということでした。病院界においても、このように、若い年代の賃金水準を少しずつでも上げていく努力をしなければ、企業や官公庁との差が広がるものと危惧します。

採用困難職種の賃金改善

冒頭に紹介したように、支援した病院で全職員対象のベアは3病院でしたが、1病院から、介護職員の採用が難しくなっているため、賃金を見直したいという相談を受け、この職種についてのみベアを実施した所があります。賃金表を持ち上げるのですからベアではありますが、1職種だけですから、賃金改善と言ったほうが適切でしょう。

こちらの病院では、実際にどの程度、近隣の病院や介護施設、企業等と比べ賃金の格差があるかを、ハローワークの求人情報から調査しました。介護職員は、企業からの求人もかなり多くあることも関係し、その地域で、賃金水準が低いことは明らかでしたので、基本給の改善だけでなく、手当を新設するなどして、賃金改善を行いました。その結果、初任給で約3万円、介護職員1人平均約15,000円、ベア率としては、手当を含む所定内賃金において6%弱の改善となりました。この時、改善の原資は、下位等級に持っていき、手当についても、初任給調整手当などを新設して、勤続年数の短い職員に原資を持っていくという方法を取りました。すなわち、これから採用する人には、例えば20,000円の初任給調整手当を支給するが、勤続1年の人は19,000円というように、徐々に下げていく手当です。個人的には好きな手当ではありませんが、限られた原資の中で、若い人材を確保するためにはやむを得ないという判断をしました。このように、全職員対象のベアは難しいとしても、採用が困難となった職種についてのみ、賃金改善を行うことは必須事項と言えましょう。


【2023. 8. 1 Vol.573 医業情報ダイジェスト】