組織・人材育成

これからのリーダーに求められる心理的安全性

心理的安全性と安全学で取り組まれてきたこと
株式会社To Doビズ 代表取締役 篠塚 功
最近、心理的安全性という言葉をよく耳にするようになりました。先日、セミナーでお聴きした某企業の人事制度も、そのベースにはモチベーションとコミットメントと心理的安全性を置いているとの話でした。安全学においては、同様のことが昔から重視されていましたので、最近、少し言葉や視点を変え騒がれているようにも感じてしまいますが、今回は、安全学の視点と最近話題の心理的安全性を対比させ考えてみたいと思います。

心理的安全性と安全学で取り組まれてきたこと

心理的安全性とは、ハーバード大学で組織行動学を研究するエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した概念です。この考えが、企業で騒がれるようになったのは、Google社が2012年~2015年までに行った調査報告で「心理的安全性がチームの生産性を高める重要な要素である」と発表したからです。エドモンドソン教授は、心理的安全性を「支援を求めたりミスを認めたりして対人関係のリスクをとっても、公式、非公式を問わず制裁を受けるような結果にならないと信じられること」と定義しています。そして、個の職場では、「率直に意見を言ったりアイデアを提供したり質問したりしても、懲らしめを受けるんじゃないか、ばつの悪い思いをするんじゃないかと不安になったりしない」と感じるときに存在するものだとしています。簡単に言えば、誰もが安心して、質問をしたり意見を述べたりできる環境を言います。

このようなことは、多くの病院で管理職の役割行動の中に「風通しの良い職場環境の整備」を挙げてきたのと本質的には同じことです。また、筆者は、10年程前、看護専門学校で安全学の講義を持っていましたが、テネリフェの悲劇や某大学病院での患者取り違え事故を例に挙げて、誰もが気付いたことを自由に言え、それを受け入れ行動を一旦止めることが安全の第一歩であると教えていました。テネリフェの悲劇は、1977年にテネリフェ空港でジャンボ機同士が衝突し600名近くの死亡者を出した大惨事ですが、多くの要因はあるものの、航空機関士が滑走路上に他のジャンボ機がまだいると疑ったものの、機長がそのことを受け入れず滑走路に入り離陸させようとしたのが、大きな要因だと言われています。また、患者取り違えについても、研修医が取り違えているのではないかと疑ったとも言われています。これらのことから、誰もが気付いたことを言え、それを受け入れる風土が安全を守るということ、気づいたことを伝える勇気を持たなければいけないということを学生には話していました。安全という分野では、すでに航空業界のCRMや医療界のタイムアウトにおいて、心理的安全性が考えられてきたとも言えます。

心理的安全性のある職場づくり

心理的安全性は、医療等の安全を守る上でも大事なことと言えるわけですが、これによって、職場の風通しがよくなることで職場の人間関係もよくなり、余計なことにとらわれず、仕事に集中できる環境が作られると考えます。上司への報告や相談などもしやすくなり、ミスの回避やミスへの迅速な対応もできるようになるのではないでしょうか。また、心理的安全性が高まると、ストレスが減るなどのメンタルヘルスケアでの効果も期待できると言われています。

エドモンドソン教授は、心理的安全性はグループレベルで存在することから、心理的安全性はグループリーダーによって作られると言われています。今、企業が、心理的安全性に目を向け、人事制度改革を進めていることからも、病院においても、この考えを安全面だけでなく、組織の生産性向上や、職員のワークエンゲージメント向上といった視点からも取り入れてはどうかと考えます。したがって、先日も管理職研修会で、人材マネジメントの基本は、「個人への敬意」と「信頼」であり、お互いを尊重し合い、信頼関係を作ることが、管理職の役割であり、心理的安全性のある職場づくりにつながるとお伝えしました。
 ただ、研修で、心理的安全性や管理職の役割等に関心を持ち、その重要性を理解したとしても、具体的に何をすればいいのか、なかなか行動には結びつかないかもしれません。
そこで、病院の管理職の期待像として、具体的な行動基準を示しておくのも1つの方法ではないかと考えます。すなわち、心理的安全性を高めるために、管理職等に期待する行動を示し、人事評価の要素としておくことで、日常的にそのような職場づくりに考えが及ぶことと思います。例えば、管理職に期待する行動として次のことを挙げてはどうでしょう。「職員の報告・連絡・相談・意見等に真摯に耳を傾け、否定的な態度を取ることなく、相槌をうったり理解を示し、相手が話しやすい対応をするとともに、お互いに意見等言い合えるような職場環境を作っている」。

文章だけで正しい行動を引き出せるものでもなく、また規律のない馴れ合いの職場にされても困るわけですが、まずは管理職の権威主義的な部分を取り除くことを期待し、評価要素として考えてはいかがでしょうか。


【2023. 4. 1 Vol.565 医業情報ダイジェスト】