組織・人材育成

行動変容を促すための試行錯誤

『伝える』と『伝わる』の違いを考えよう
株式会社メディフローラ 代表取締役 上村 久子
お盆休みを豊かに過ごせた組織もあれば、コロナ禍でご苦労なさった組織もあるように、クリニックの皆さまにおかれましては組織により印象の異なる8月だったと思います。少しずつ日常を取り戻そうと世の中が動いていますが、しばらく続いた行動を変えることは人にも組織にも少なからずストレスがかかるものです。
今回は最近増えている歯科医院様からのご依頼事例から、より良く行動変容を促すことが出来る組織のあり方を考えましょう。

ケース:

ある歯科医院で「『伝える』と『伝わる』の違いを考えよう」というコミュニケーションに関する院内研修を行っていた時の一幕です。この医院の理念は「患者さんの生活習慣に寄り添い、健康的な行動変容を促す」。地域性を加味し、色々な生活背景のある患者さんの意図を考慮しながら、歯の健康を保つことを大切にしている医院でした。
これまで「患者さんのより良い口腔環境とは」ということを発端として対話を繰り返していた背景から、最近あった事例としてこんなお話をして下さいました。

歯科衛生士Aさん「『絶対に日常的に歯磨きはしない』と公言している患者さん(だがクリニックには定期的に来院する)がおられて、今まで全く行動が変わらなかったのです。しかし先日『マウスウォッシュって知っていますか?』『やってみませんか?』と声掛けをしたところ、『それなら出来るかも…』とこれまで出なかった発言になったんです」

Aさんは続けます。「日常的な歯磨きの大切さはずっと伝えていたのですが、『私は今まで歯磨きをしなくて不便に感じたことが無い』という患者さんに対して『歯磨きを日常的に行わないと大きな健康被害となる』という脅しのような言葉を発していました。今思えば、脅しでは変化しませんよね。そこで『ピンと来ないネガティブな情報ではなく体感できるポジティブな情報を与えてはどうだろう』と考えて『マウスウォッシュは口の中がスッキリしますよ』と軽い提案をしたのです」

その患者さんはマウスウォッシュを体験したあと「これなら続けられそう」と、クリニックで販売しているマウスウォッシュを購入して帰られたそうです。Aさんは「歯磨きの重要性は『伝えて』いましたが、本人が変えようと思い、変わらなければ『伝わっている』とは言えないことがよく分かりました」と振り返りました。

この経験から学んだことを院内で共有すると、
  •   歯科医院に来ている患者さんは、自分の口腔環境を健康に保ちたいから来院していることは紛れもない事実
  •   今まで「こうしたら良くなるよ」という正論や「今のままじゃこうなるよ」と脅かすように行動変容を強制しようとしていたけど「本人がどうなりたいか」という視点が無いと行動は変わらない=行動変容の鍵は患者さん側にある
  •   本人が変えられる行動を確認しながらコミュニケーションを変えることがプロなのだ

スタッフから出たこれらの言葉に院長先生は感動!それと共に今までスタッフからこのような考えを導き出せなかったことを大いに反省し、「私自身も、正論を伝えたり脅しから行動変容を強要するのではなく、スタッフが何を考えていて、どうすることがスタッフの幸せなのか考えていきたい」とお返事を頂き、その言葉に筆者も感動したのでした。

このケース、どういう感想を持ちましたか?
どういう立場であっても相手の行動に疑問を持ち、「こうした方が効率的だし、本人にとってもメリットがある」「そのまま続けていると将来的に悪影響がある」と、良かれと思って正しい行動変容の方法を伝えたくなる気持ちはとてもよく分かります。一方で、正しいことを伝えていてもそのように相手が変わるかというと、必ずしもそうならないケースは少なく無いはずです。相手が変わらないことに対して「変わらないアイツが悪い」と憤り、「正しいことを言っているのだから自分は間違っていない」と正当化する気持ちが生まれてしまうと、ますます相手は変わらず悪循環に陥ってしまうことも。自分と相手との関係性にとっても良いことではありませんね。

このケースの患者さんは長年通院されているそうで、当然歯磨きを行わないという習慣はスタッフ全員周知されていました。これまでは「この患者さんは仕方がない」「何度言っても変わらないのは患者さんのせい」とクリニック側の行動を変えない理由をスタッフ間で言い合っていたようです。この研修ではクリニックの理念に立ち返ったことで今までの自分たちの行動を振り返り、行動変容の鍵が相手にあることに自分たちで気付くことが出来たのでした。
行動変容は決して簡単ではありません。しかし組織全体で取り組めるように、このケースを題材にしてスタッフ皆さまと話し合われてはいかがでしょうか?


【2022. 9. 15 Vol.552 医業情報ダイジェスト】