組織・人材育成

自分の言動は鏡

“最近の新人さん”に悩む役職者と新人さんの事例
株式会社メディフローラ 代表取締役 上村 久子
早いもので9月に入り、今年度も後半戦となりました。学生時代をコロナ禍で過ごし、臨床実習の無いまま医療従事者として就職した新人さんたちも、そろそろ職場に慣れてきた頃でしょうか。今回は最近増えている“最近の新人さん”に悩む役職者と新人さんの事例から、自らを振り返る大切さについて考えましょう。

ケース:

少し大きな規模のクリニックのお話です。看護部門の役職者の方と「教育」に関する意見交換を行っていた時のことです。

教育担当のAさん「最近の新人さんは自分で考えて行動しようという思考が無くてあきれてしまいます。先日も考えたらすぐ分かるようなことを質問してきたり、何度も説明してきたことを質問してきたり……。思考力の低下は年々気になっていますが、学生時代にコロナ禍を経て入職してきた層は特に『習っていないので分かりません』という姿勢を強く感じます」

このAさんの発言に対し、このクリニックの看護部門の統括をしているBさんは苦々しい表情をして聞いていました。役職者との意見交換会終了後、Bさんに「ちょっと……」と呼ばれて話を伺うことになりました。

看護部門統括Bさん「先ほどのAさんの発言に、私は驚いてしまいました。なぜなら、そっくりそのままAさん自身のことを言っているからです。例えば役職者の会議で決まった内容を下のスタッフに伝えてほしいと依頼すると『カンペはありますか?』という返事。今の今まで聞いていた会議の内容を伝えるだけですよ?何も難しい話をしている訳では無いのです。会議を聞いていなかったのか?と問うと『そうではない』との返事が来るのです。それこそ、『自分で考えたら?』と言わざるを得ません」

Bさんはこう発言をすると頭を抱えてしまったのでした。

このケース、どういう感想を持ちましたか?
このようなお話は皆様の組織でもあるかもしれません。
どの世代でも「今どきの若い人は」という言葉は使われてきましたが、時にその言葉がブーメランとなって返ってくる場面に遭遇することは少なくありません。
考えて行動をする、という点については、近年の情報過多の社会では「考える(≒考えなければならない)機会」が少なくなっていることを理解する必要があると思います。得られる情報量が増える一方で、情報の正しい扱い方に関する教育が追いついているとは思えません。すなわち、正誤や良悪は問わず様々な情報が溢れる中で、情報を受け取る側が判断しなければならない反面、どのような情報であるか考える(=判断)ことをせずに素直に受け取ってしまうことは少なく無いということです。これは年齢問わず現代人の課題であると思います。かつては考えて行動することが習慣になっていた人も、この現代の生活に慣れるうちに考える癖が乏しくなってしまうことは容易に考え得ることです。このことに気付いている組織では、研修の中で参加者に「考える」ことを促す時間(イエス・ノーで答えられないオープンクエスチョンを多用する等)を多くとるようになっています。

このように、同じ時代、同じ組織に所属しているもの同士の関係性において、今回のように相手に対して課題と感じることが自分の課題である可能性は非常に高いと思います。それが部下であれ上司であれ、何か仕事上で不満を感じた際に「相手のどのような行動に憤っているのか」を改めて考えてみると、自分自身の言動の振り返りに役立つのではないでしょうか。

以前、あるクリニックで「私は患者さんのためを思って診療している」と語っていた院長先生が、実は患者の好き嫌いが激しく、患者により態度がかなり異なっていたという事例がありました。恐ろしいことに、その院長先生は全く自覚が無く、ある日「自分の診療内容を振り返ろう」と患者さんの許可を得て数名の患者さんについて院長先生の言動が分かる録音をした時に初めて気が付いたのです。常日頃、スタッフに対して「患者さんの目線に立って行動してほしい」と訴えていた院長先生は自分の言動にショックを隠せなかったのですが、録音は紛れもなく本物であり、認めざるを得ません。その後、院長先生は行動変容を起こすのですが、こっそりスタッフの方から「あのように院長先生に気付きを促してくださってありがとうございます」と感謝されたのでした。
自分から発せられる言葉の中で誰かを評する発言は、時に「自分を映す鏡になる」と自らを振り返った事例をご紹介しました。どうぞ成長し続ける組織・個人の皆さまにとって少しでもご参考になれば幸いです。


【2022. 10. 1 Vol.553 医業情報ダイジェスト】